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 左手を差し出して、早く早くと急かす。槙田先生の大きな手がわたしの手を取り、今度はしっかりと、ぎゅっと奥まで指輪を押し込んだ。 「……本当は結婚なんてもう懲り懲りだったけど、きみとだったら上手くやれるような気がするんだよね。楓子ちゃんと一緒にオペした時、協力するってこういうことなんだろうなって思った。私生活でもそうありたいと、俺は思ってるよ」  いったん後頭部を掻いて間を置き、槙田先生はわたしの手を握ったまま言葉を続けた。 「プライド高くて自分勝手で一生懸命なきみが好きだよ。えーと……結婚して下さい」  ――蒸し暑い夏の夜。仕事終わりでメイクも崩れているだろうし、髪もきっとボサボサ。夜風に吹かれたらなおのこと。ディナーはうどんだし、BGMはクラシックでもジャズでもなく、信号機の色が変わる音と車の排気音。槙田先生のやることはいつもながら唐突でムードも色気もないけれど、わたしにとってはこれ以上の感動はないくらいの舞台だった。  そういえば夢の中のわたしはプロポーズに返事をしたことがない。こういう時、なんて返せばいいのだろう。なにもかもが予想外で、だからこそ喜びも大きくて、わたしは感極まって泣いた。それが返事だった。 「うっ、うっ……結婚指輪はどれにしよう……」 「恐ろしい女だな、きみは」
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