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思えばわたしたちは今まで込み入った話はしてこなかった。元恋人の恋愛事情を聞いたり聞かせたりすることに抵抗があったからか、いつも話すのは仕事のことか同級生の噂話や趣味の話。健全に盛り上がって満足したら帰る。そんな感じだった。それなのに急に恋愛話を持ち掛けられて驚いた。そういえば和樹と会う時は焼き鳥屋とかおでん屋とか色気のない場所が多かったのに、今日に限ってバーというのも、今更ながら身構える。
もしかして、これは何かあるのでは? 一つの可能性に備えてさりげなく髪を整えた。声のトーンもちょっと高くしてみたり。
「ずっといなかったわけじゃないでしょ?」
「まあね。でもここ二年ほどいないよ。なんか三十後半になると遊ぶ気にもならないし、真剣に相手探すには出遅れた感がすごいし、中途半端だと思わね?」
「分かる」
婚活しても周りの女の子はほとんど自分より年下の可愛い子ばかり。モテるのは女医より看護師。恋愛も結婚もまだ願望は捨てていないけれど、最近では何をどう頑張ればいいのか分からなくなってきた。ふと「裏表のない人間になれ」と言った槙田先生の言葉が蘇ってイラッとした。
「……俺さー、楓子と別れるつもりも別れたくもなかったんだよね」
「今更何よ」
「大学入ってからお前ずっと忙しそうでさ。俺は四年制の大学だったし、生活環境の違いについて行けなくて寂しかった。連絡しなきゃって思ってたけど、なんとなくできないままでほったらかしになってた。……ごめんな」
そんなおおかた二十年前のことをいきなり謝られても困る。済まないと思っていたならどうして今まで何も言わなかったのか。だけど連絡をしなかったのはわたしも同じだ。寂しいと思いながらも勉強を優先したから。そしてそのうち和樹のことを忘れて他の男の子と付き合った。
「別になんとも思ってないから謝らないで。お互い様でしょ。それにきちんと別れ話をしてたら今の関係はなかったと思うのよ。なんとなく離れてなんとなく再会したから、今があるんでしょ。わたしはこれでよかったと思うよ」
ジンジャーエールを飲み干したけど、追加で何かを注文しようか悩むところだ。和樹がグラスを持つわたしの手を覆った。
「本当になんとも思ってないのか」
「……」
「俺のことが過去になっていたとしても、今まで少しも揺れたことはない?」
わたしの手を握っている和樹の手は熱くて汗ばんでいて、痛い。少年の顔から大人の男の顔に変わっている。
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