槙田陽太 1

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 上着もいらないほど暖かい陽気。爽やかな秋晴れの下、たまには一人でブラブラと街を歩くのも悪くない。とりあえず本屋に寄って雑誌を買うことにする。  ふと通りかかったジュエリーショップの前で足を止めた。  ――そうだ、指輪買わないとな。  エンゲージは事前に楓子ちゃんの希望の指輪が分かったから迷わず買えたけど、マリッジは未リサーチだ。……そう、そうなんだよ。希望が分かれば俺も動きやすいんだよ。何が欲しいのか、何がしたいのか、何が食べたいのか、言ってくれたら叶えてあげられるんだよな。でもそれだと「あなたはどうしたいのよ」と怒られてしまう。それは過去に付き合ったほとんどの女の子から言われたことだった。楓子ちゃんは俺が聞かなくても「あれがしたい」「これがしたい」と言ってくれるが、時々思い出したように「なんでわたしばっかり決めてるのよ」と怒ることがある。……たまには俺から選んでみるか、とジュエリーショップに入ってみた。  ショーケースにはズラリと並んだリングたち。大小さまざまなダイヤが「私を選んで!」と言わんばかりに輝いている。エンゲージは流し見て、マリッジのところで足を止めるとすかさず店員がやってきた。 「マリッジリングをお探しですか?」 「はい、まあ、そんなとこです。あ、でもちょっと見てるだけなんで」  遠回しに案内は不要だと伝えたつもりだが、まったく伝わらなかったらしく、店員は彼女の雰囲気は、とか、趣味は、とか色々聞いてくる。俺は仕方なく相槌を打って参考程度に聞いていた。そんな中でふと目に入ったのは細めのアームで小粒のダイヤが三つ付いた、V字型の指輪。楓子ちゃんの指に似合いそうだな、とは思ったが肝心の本人がいなければ試着もできないので、俺は「また来ます」と適当に切り上げて店を出た。  駄目だ、分からん。俺がいいなと思っても本人がどう思うかと一瞬でも考えると、やっぱり本人の意思に委ねたくなる。 本屋に寄る前にいい感じのコーヒーショップを見つけたので、とりあえず一服挟もう。  つい一ヵ月ほど前に開店したらしいそのコーヒーショップはおひとり様をターゲットにしているのか、窓際に沿ったカウンター席と、二人掛けのテーブルが三席ほどしかない、こじんまりとした店だった。そのせいか店内はほぼ満席にも関わらず静かで、ブラックとブラウンを基調にしたデザインもあって非常に落ち着いた空間だった。悪くない。  エスプレッソを頼んでカウンター席でちびちびと飲み進めている時だった。
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