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「……なんか、ごめんね。今更だけど。俺、自分ばっかり被害者のつもりだったけど、きみにも寂しい思いいっぱいさせちゃってたよね」
「いいのよ、だってわたし一人の時間好きだもの。ただちょっと、会話が少なすぎたのよね。それだけ」
皐月はカフェラテを一口含んで、話を変えた。
「彼女は一緒に来てないの?」
「ああ、今日は当直……って、え? 言ったっけ?」
「父が入院してる時にお世話になったわ。橘先生でしょ。別に聞かなくても分かったわよ。雰囲気で。やっぱりそうなのね」
皐月は本当に勘が鋭いし、俺と違って言わなくても察するし、かといって遠回しに探ったりもしない。
「可愛い人よね。すごく感じが良いし」
「まあね」
素直に肯定したことが珍しかったのか、皐月は少し目を大きくして驚いたように俺を見た。
「昔、あなたの友達がわたしのことを『しっかり者のいい奥さんだな』って褒めてくれた時、あなた『そう?』って答えたのよ」
「覚えてないよ、そんなの」
「そうね、ごめんなさい。つまらない思い出話したわ」
つまらないことはないが、昔の話は自分の駄目なところばかりが露呈するだけなので、あまり聞きたくないだけだ。
「再婚はしないの?」
「そのつもりなんだけどね、まあ色々あって……」
何を思ってか、俺は先日楓子ちゃんとの約束を破って怒らせたこととか、今日は一人で式場の候補を挙げるつもりだとか、指輪を見てみたけどよく分からなかったことなどを話した。こんな話を元パートナーに話すなんて無神経極まりないかもしれない。でもたぶん、皐月はそれにいちいち突っかかってくるような女ではない。はずだ。あと、誰でもいいから意見をもらいたかったのもある。お疲れさん、とか、ガンバレ、とか、そんなのでいい。けれども皐月は俺の予想もしなかったことを言う。
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