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「別に無理に候補挙げなくてもいいんじゃない? 『一生懸命探したけど、喜ぶきみのことを考えてたら妥協したくなくて決められなかった』って素直に言えば。それだけ一日中彼女のこと考えてたって知ったら、それだけで嬉しいはずよ」
「ふむ……。参考にさせてもらう」
「何かあったら、相談に乗るわよ。と、言いたいところだけど」
「自分でなんとかするよ。怒らせたくないしね」
「それがいいわ。ああ、もうすぐ父の定期検診だから、近々行くわね」
それじゃあ、とアッサリ背を向けて去ろうとする。俺は最後にひとつだけ聞いてみた。
「皐月は再婚の予定はないの?」
皐月は首だけ回して振り返り、
「もう結婚も恋愛もごめんよ。わたし、性に合わないみたい。これからは自分のことだけ考えて自分のために生きるの。結婚なんて檻にわざわざ入りたがる人の気が知れないわ」
と、えらく清々しく言い放つのである。
最後の台詞は俺への皮肉だろうか。そうだとしてもそうじゃなくても、今の皐月がそれなりに充実した日々を送っているのだろうというのは分かったので、もうそれでいい。
思えば皐月とこれほど穏やかな関係に戻れたのも、俺がイップスを克服して今では当たり前のように手術をこなせているのも、全部楓子ちゃんのおかげなのだ。彼女がいつまでも前に進めずに尻込みしている俺を(文字通り)叩いて、根気よく手術の練習に付き合ってくれたから、俺は自分のトラウマと向き合うことができた。諦めの悪い楓子ちゃんだからこそ、彼女を信じて成し遂げることができたのだ。
窓越しに去っていく皐月の後姿を見ながら改めてそれを認識すると、急に楓子ちゃんの顔が見たくなった。
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