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槙田陽太 2
気持ちを新たにしたところで楓子ちゃんの機嫌が良くなるはずがなく。
その晩、くたびれた様子で仕事を終えて帰ってきた楓子ちゃんは、開口一番「いい式場あった?」と訊ねてきた。下見どころか雑誌も買えておらず、一応ネットで検索はしたが見ているうちに分からなくなって結局諦めてしまった。そのことを素直に伝えたら、案の定目尻を吊り上げた。
「いくつか候補挙げとくって言ってたわよね。自信満々に」
「いや、そうなんだけどね。俺も調べたのよ。でも何がいいのか分かんなくて。ほら、好みとかあるじゃん。楓子ちゃんの好みに合わせたほうがいいでしょ?」
「陽太の意見はどうかってのが、聞きたいのよ」
ああ、来た、これこれ。よく言われるやつ。俺は皐月にもらったアドバイスを思い出し、
「キミノ喜ブカオヲ想像シタラ妥協デキナイッテイウカ」
「なに言ってんの?」
気障な台詞は慣れないので棒読みになって、変に疑われただけだった。
楓子ちゃんは荷物を床に落としてソファに倒れこむ。
「どんなの考えてくれてるか楽しみにしながら仕事頑張ったのに、結局なんにもしてないんじゃない。もーガッカリ」
「一日中彼女のこと考えてたって知ったら、それだけで嬉しいはず」と言っていたのに、話が違うじゃないか、皐月。
「考えてないわけじゃないよ」
「でも何もないんだから一緒じゃない! ……もういいわよっ! 今日は疲れたから寝る!」
「寝る前にちゃんと食べたら? 冷蔵庫にシチュー入れてあるよ」
「食欲ないからいらないッ」
完全に不貞腐れてブランケットを被ってしまった。
「楓子ちゃん……」
「なに?」
「……最近、すぐ怒るよね」
ガバッと起き上がった楓子ちゃんは、わざわざ床に置いてある鞄を取りに行って俺に投げつけた。
「誰のせいだと思ってんのよ!」
さすがに今日はキスもハグもセックスでも機嫌を取れそうにない。俺は小さく溜息をついて、楓子ちゃんのマンションをあとにした。
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