槙田陽太 2

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 分かる、俺が悪い。今回のはたぶん、俺が悪い。そして余計なことを言った自覚もある。  ――十八の時に大学進学と同時に実家を出て、数年の結婚生活を覗いてはほとんど一人で暮らしてきた。一人だとどうしても生活が適当になる。仕事が終わるとそれ以外のことをする気が起きなくて、掃除も洗濯も数日に一回、食事はほぼ外食。独り身だとそれで満足していたが楓子ちゃんと付き合いだして楓子ちゃんのマンションに頻繁に出入りするようになってからは、さすがに今までと同じようにはできんだろうと、俺なりに変わった。と思う。  俺が楓子ちゃんの部屋を散らかしたら俺が片付けるし、俺の方が先に仕事が終わると簡単な食事を作って待つこともある。俺にとってはものすごい変化と進歩なのだ。今日だって楓子ちゃんが帰ってきてすぐに食べられるようにガラでもないシチューとか作ってみた。けれども冷蔵庫を開けられもしなかった。  俺が悪い。けど、ちょっと悲しい。余計なことは言った。でもそこまで怒らなくても、という気持ちはある。現に楓子ちゃんは最近、機嫌の悪いことが多い。そして「ああ、機嫌悪いなあ」と思うと逃げたくなる自分がいる。  横断歩道の前で止まると夕方の冷たい風が吹いた。こうやって倦怠期を迎えるんだろうな、世のカップルってのは。  青信号に変わって足を踏み出したと同時にスマートフォンが鳴る。楓子ちゃんからの電話である。 「なんだい」  楓子ちゃんは少し沈黙したあと、小さな声で言った。 『……ごめんなさい。怒り過ぎちゃった。シチュー作ってくれてありがとう』 「いいよ、俺もごめんね。今日は早く寝なよ」 『帰るの? ……やっぱり一緒に食べたい』  天然なのか計算なのか、ちょっと甘えたように言われると簡単に許してしまう。ちょろい男だよ、俺は。横断歩道を半分まで来たところで、引き返した。  それなりにいい歳の大人が半年付き合ってもなんとか倦怠期を回避できているのは、正直になるきっかけを与えてくれる彼女の素直さに救われているからだろう。俺も大事にしないと、と自戒して、マンションまでの一本道を小走りした。
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