槙田陽太 2

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 少し遅れてラウンジに行ったら、窓際のテーブル席で臥せっている楓子ちゃんを見つけた。窓から差し込む太陽の光が楓子ちゃんの髪の毛を照らしていて、明るい茶髪が更に明るく光っている。俺は向かいの席に腰を下ろし、暫く無言でそこにいた。 「……カッコ悪いとこ見られたくないんで、慰めてくれなくていいです……」  俺相手にこんな時でもエベレスト並みのプライドだ。 「大丈夫、慰めに来たんじゃないから。きみさ、オペ詰め過ぎだよ。いくつか遠野先生に任せなよ」 「大丈夫です」 「大丈夫じゃないからこうなったんでしょ。オペ中にミスしたら取り返しがつかないよ。医師としての忠告だよ。意地張るところじゃないだろう」  ようやく顔を上げた楓子ちゃんは眉を寄せて不満そうに「分かりました」と答えた。  彼女は周囲から頼られているぶん、抱えている仕事量も多い。その上完璧主義で適度に手を抜くことが苦手ときた。キャパオーバーになる前に周りが気付いてあげられたらいいのだけど、本人が平気そうにしているとやっぱりそれに甘えてしまうわけで。今回楓子ちゃんが川上先生から叱責を受けたことは本人にはショックなことかもしれないが、思っている以上に楓子ちゃんがストレスを抱えていることに気付けたのはよかったと思う。俺が。 「今までこのくらいの仕事量、なんてことなかったんですよ。でも最近、すぐ疲れちゃうし、物忘れだってあるし……なんだか自分に衰えを感じちゃって」 「それだけ忙しけりゃ、誰だって疲れるし忘れるし衰えるに決まってるだろ。きみはもっと周りを頼ったほうがいいよ」  そして楓子ちゃんの下瞼を親指で引っ張った。 「ちょっ……それやめてってば」 「まぁた瞼の裏、白いじゃん。貧血は駄目よ。顔色悪いし、今日は早退しな」 「嫌ですよ!」 「オペない日でしょ? 俺が引き継ぐから安心しなさいよ」 「でも……」 「これは恋人として心配してんの。頼むから休んで」  そう言うとさすがに口をつぐんだ。了承したのだと受け取って、俺は席を立った。去り際にポン、と撫でた楓子ちゃんの頭は少し熱い。
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