槙田陽太 2

8/10
前へ
/201ページ
次へ
 久しぶりに自分のアパートにまっすぐ帰ったその日の夜。やたら空気が冷たくてあまりの味気なさが他人の部屋のようだった。俺の部屋はこんなに殺風景だったか。  仕事が終わったら楓子ちゃんと連れ立って楓子ちゃんのマンションに帰り、夕飯を一緒に摂り、そうなると帰るのが面倒になって結局そのまま楓子ちゃんちに泊まる、というのが最近のデフォルト。家に戻るのは仕事の前に着替えに戻るくらい。もういっそのことアパートを引き払って一緒に住む? と、何度か持ち掛けられたが、引っ越しが面倒なのを理由にアパートは残したままだ。面倒、というよりもしかしたら「また独りになるかもしれない」という不安から来る、一種の自己防衛かもしれない。完全に引き払ってしまったら、もし万が一のことがあった時に帰る場所がなくなるから。  昼間の、元彼と楽しそうにしている楓子ちゃんの顔と、俺の言葉に表情を凍らせた楓子ちゃんの顔を思い出して、盛大な溜息が部屋の中に溶けていった。 ダサい。俺がダサい。  四十半ばで結婚経験もあるくせに、学生みたいなしょうもない嫉妬をした挙句、それを悟られたくなくて別の理由で彼女を責めた。しかも体調の悪い彼女を家まで送りもせず置き去りにして。なんて心の狭さだよ。楓子ちゃんももはや怒っているというより、傷付いた顔をしていた。  ――わたし、性に合わないみたい。結婚なんて檻にわざわざ入る人の気が知れないわ。――  そもそも俺も、恋愛は向いてないんだと思う。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

548人が本棚に入れています
本棚に追加