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槙田陽太 3
早めに仕事が終わって午後六時頃、エントランスで楓子ちゃんを見つけた。夜道に消えようとしている背中を小走りで追って、「お疲れさん」と肩を抱く。
「ビックリするじゃない」
「帰りが一緒になるの、久しぶりだね」
何事もなかったかのように話しかける俺を不可解に思っているのか、楓子ちゃんの態度がよそよそしい。俺自身昨日のことを忘れたわけじゃないが、いつまでも引き摺りたくないだけだ。
「腹減ったね、今日は何食べる?」
「……冷やし中華」
「え? もう冬来るけど? まあ、きみが食べたいなら、それもいいよね。つーか、冷やし中華って今、売ってんの? 早く買って帰ろうか」
そんな俺に楓子ちゃんは不安げな面持ちで、言った。
「どっちに帰るの」
「どっちって?」
「今日は、どっちの家に帰るの?」
なんの連絡もせず自分のアパートに帰った昨夜。俺が自分の家なのになんだか落ち着かない気分でいたように、楓子ちゃんも落ち着かなかったのだろうか。俺と喧嘩をしても毅然としていたが、内心やっぱり傷付いていたかもしれない。不安にさせていたかもしれない。そう思うといじらしい気もして、結局俺はこうやって翻弄されるんだよなあ、と自分の滑稽さに苦笑いをした。
「楓子ちゃんの部屋で、一緒に冷やし中華食べようか」
手を取って、同じ方向へいざなう。
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