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歩道橋を下りたところで、楓子ちゃんがいきなり「指輪が見たい」と言い出した。
「陽太がいいなって思った指輪、見てみたいんだけど」
「今から行くの? でも有名なブランドとかじゃないよ」
ジュエリーショップはさほど離れていない場所にはある。営業時間を調べたらギリギリ時間内だったので店まで走って駆け込んだ。シャッターが下ろされようとしているところだったので閉店間際に申し訳ない、と頭を下げたら、たまたま店員が以前俺を接客してくれた人だった。覚えてくれていたようで快く招き入れてくれたのだった。
「気になる商品がございましたか?」
「あ、……そうですね、ちょっと試着を……」
俺が選んだV字型の華奢で品のある指輪。予想通り楓子ちゃんの指にとてもよく似合った。楓子ちゃんは左手を回したり、鏡の前に手をかざしたりと何やら嬉しそうにしている。楓子ちゃんが動くたび、小粒のダイヤが煌めく。
「素敵。これがいい」
「え? 決めるの?」
「すっごく気に入ったわ。あ、でも陽太のも決めなきゃいけないから、また彼のも選びに来てかまいませんか?」
店員も一日の終わりに思わぬ客をゲットして、「もちろんです」と快諾する。店員が席を外した隙に耳打ちした。
「ティファニー! とかハリー・ウィンストン! とか言うのかと思ってたから意外」
「わたし、そこまでブランドに固執してるわけじゃないわよ」
ムッとむくれたあと、楓子ちゃんは久々に見せる満面の笑みで言った。
「わたしのこと考えて、わたしに似合うと思ったんでしょ? その気持ちが一番、嬉しいの」
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