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病棟の回診を終えて医局に戻る途中、ラウンジのテーブルでジュースを片手に臥せっている楓子ちゃんを見た。
「どうしたの、また貧血?」
楓子ちゃんはゆっくり頭を上げて前髪を搔き上げた。
「違うの、お腹空きすぎて気分が悪くなっただけ」
「ははっ、空腹で? なんか食べたら?」
「でも食べようとしたら、あんまり欲しくないって思っちゃうのよね……」
そう言って、かろうじてジュースを飲み切ってゴミ箱に入れ、心許ない様子で仕事に戻っていった。
ただの疲れだと思っていたけど、さすがにちょっと心配だなぁ、と思っていたら、背後から田中先生に「お疲れ様」と声を掛けられた。
「槙田先生、今、時間ある?」
田中先生はベテランの先生で、ご主人が他病院の精神科医という、俺と楓子ちゃんと似た環境ということで最近、楓子ちゃんと仲が良い。
「大丈夫ですよ」
「橘先生のことなんだけど、最近の彼女を観察してて、気付いたのよ」
「えっ……」
えらく深刻な顔つきで言うので、やっぱり何かの病気なんだろうかと不安がよぎる。
「槙田先生に問題です。これが分からなければ医師としても男としても失格よ。食欲不振、倦怠感、眠気、情緒不安定、微熱、嗜好の変化。最近は喉越しのいい麺類とかアイスクリームとかをよく食べてるわね。かと思えばいきなりポテトを食べる日もあるけど」
「………」
「身に覚えはない?」
瞬間、俺の頭の中で、ひとつの診断結果が下される。目を大きくして田中先生を見ると、田中先生はしたり顔で大きく頷いた。
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