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 今回は重症化する前に気付けたからよかったものの、問題はそれだけじゃない。医師も看護師もやらなければならないことをやっていなかった、という背景がまずい。院の沽券に関わるし、患者も医師に不信感を持ってしまう。この人はそれを分かっているのだろうか。  ――かと言って槙田先生を支持する気もなかった。手術をしないくせに、という山本先生の気持ちも分かるからだ。  騒動が治まって通常業務に戻り、ラウンジに行ったら槙田先生がコーヒーを片手に煙草を吸っていた。煙草を吸うなんて初めて知った。気付けば凝視していて、わたしの視線に気付いた槙田先生がいつもの眠そうな顔と声で「見ないでよぉ」と言った。山本先生を怒鳴っていた時のような緊張感はすっかり消えていた。 「橘先生も大変だね。場の空気読んで宥めて諭して」 「嫌味ですか」 「半分嫌味、半分尊敬。俺はああいう時、周りのことまで気が回らないから」 煙草を灰皿にぎゅっと押し付けて、コーヒーを口に含む。この人、絶対歯が汚い。 「山本先生、けっこうこたえてるみたいなので、もう大丈夫だと思います」 「大丈夫って言葉は患者が退院してからにして欲しいね」  槙田先生は気が回らないのでも空気が読めないのでもない。患者のことを純粋に案じているのだ。だから症状が軽かろうが重かろうが対応を怠って異変を無視した山本先生が許せなくて、勢いのまま怒鳴ったんじゃないだろうか。彼の名誉など考える余裕もなく。 ――ただの想像だけど。  それなら、なぜ自分で手術をしないのか。わたしはふと和樹にされた質問を、そのまま槙田先生に投げ掛けた。 「槙田先生は、どうして医師になったんですか?」  けれども槙田先生はやや低めの声で、 「それをきみに話すことに意味があるのかな」  咥えかけていた新しい煙草を胸にしまってラウンジから立ち去った。やっぱり嫌な男だ。
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