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 初期胃がんの内視鏡手術をする鈴木さんに、手術の手順と病状の説明をしに病室に行った。側頭部の白髪が目立つ痩せ型の男性。なんの自覚症状もなかった鈴木さんは自分ががんであることがまだ信じられないといった様子でピンピンしている。リクライニングベッドで寛ぎながら「早く酒をたらふく飲みたいよ」と大口を開けて笑っていた。 「手術の手順を再度ご説明しますね。まず、鈴木さんの場合は発見が早かったので、がんはまだ粘膜の表面に留まっています。これならお腹を切らずに内視鏡で切除することができます」 「はいはい」 「まず、病巣の下側に注射でお薬を入れて、病変部分を浮かせます。そうすると切り取りやすくなるので。病変部分を取り切れたら手術は終わりです。手術時間は三十分弱。術後に出血だったり、胃に穴が空いたりすることが稀にありますのでしばらく食事はできませんが、大体十日ほどで退院できますからね。ではこちらが同意書になります」  すると鈴木さんはわたしの名札と顔をしげしげと見て、 「え? アンタが手術するのかい?」 「はい。一緒に治療していきましょうね」 「そっちの後ろの先生は? 俺の主治医はその先生だろ?」  と、背後でひっそり立っている槙田先生を指差した。 「僕は主治医ですが、手術の執刀医は橘先生になります。看護師も含め、みんなで一緒に鈴木さんの治療に当たりますのでご安心ください」  けれども鈴木さんの表情はあからさまに不安を残したままだ。随分少なくなったとはいえ、時々女性医師に対してネガティブな感情を持つ患者はいる。若い頃はこういう人に遭遇する度歯がゆい思いをしたものだけど、いいのか悪いのか慣れてしまった今では受け流すことができるようになった。鈴木さんはあからさまに文句を言わないだけマシだ。直後、傍にいた福沢さんに「可愛い看護師さんじゃねぇか」と、鈴木さんはデレデレと鼻の下を伸ばした。 「女医さんも悪くねぇけどよ、気が強そうな姉ちゃんより、若くて可愛い姉ちゃんがいるとやっぱ癒されるよなァ」  どちらかというと、こういう発言のほうが腹が立つ。わたしは僅かに右側の口端を引きつらせながらにこやかに退室した。
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