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 ―――  約四時間の手術が予定通り終わり、手術室を出た時には午後六時を差していた。結露で白くなっている廊下の窓を手の平で拭き取り、外を見る。夜空と灯かりに包まれた街が見下ろせる。風が寒そうにカタカタと窓を叩き、外に出たくないなと思ったら雪が舞った。  エレベーターに向かっている時だった。通りかかった研修室から明かりが洩れているのに気付いた。研修室には腹腔鏡手術の練習をするためのシミュレーターがいくつか置いてある。研修医が自主練でもしていたら労いの言葉をかけてやろうと、研修室を窓から覗き見た。けれどシミュレーターの前に立っていたのは思いも寄らない人物だった。  腹腔鏡手術のトレーニングをしているのは、槙田先生だった。練習用の鉗子を持って真剣にモニターを見ている。手つきはつたなくて、思うように動かせない器具に本人も少し苛立っているようだった。やがて槙田先生は途中で鉗子を放り投げて、投げやりな溜息をつきながら後頭部をガリガリ掻く。わたしは見てはいけないものを見てしまった気がして、気付かれないようにそそくさとその場を離れた。  ――槙田先生は手術をしないんじゃなくて、できないの?  もし槙田先生が遊びでシミュレーターを使っていたら、わたしは「シミュレーションじゃなくて実際のオペをして下さいよ」なんて皮肉を言っただろう。けれどモニターに向かっている槙田先生の背中は異様に強張っていて、肩は緊張で上がっていた。何よりあの、上手くできなくてムシャクシャした様子。あれはたぶん、からかったら駄目なやつだ。  槙田先生はなんで手術をしないんだろう。なんで今更トレーニングなんてしているのだろう。あの人は一体、何者?
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