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 ***  鈴木さんが入院して二日後、遠方から鈴木さんの弟だという男性がやってきた。鈴木さんには自身の家族がおらず、肉親は年の近い弟さんしかいないらしい。  わたしと槙田先生は鈴木さんにした話と同じことを弟さんにも説明するため、病室へ行った。一人でいいというわたしに、槙田先生は主治医だからの一点張りで付いてくる。そんなにわたしは信用ないのかと悪態をつくところから始まり、そこから下らない口喧嘩を繰り広げてしまうのだった。  病室に入ってカーテンを開けたのは、鈴木さんの弟さん。太い眉と細い目、痩せ型の体つきがさすが兄弟、よく似ている。 「初めまして。医師の橘と申します」 「ええっ、えれぇ綺麗な人で驚いた! 兄貴、こんな人に診てもらってんのか、羨ましいよ」  相手が誰だろうと、綺麗と褒められるのはやっぱり気分がいい。聞いたか、槙田! ドヤッたのもほんの束の間。すかさず鈴木さん(兄)が「もっと若くて可愛い看護師さんがいんだよ」と爆弾を落とした。 「手術はおたくが?」 「はい、鈴木さんの手術を担当させていただきます。よろしくお願いします」  鈴木さん(弟)の顔が曇る。兄弟そろって同じ反応。わたしはそれにはかまわず、手術の手順と容体をひと通り説明した。(兄)は一度聞いているからか呑気に鼻をかんだり耳をほじったりしていて、(弟)は不服げな面持ちでわたしの話を聞いている。 「――では、こちらが同意書になりますので、サインをお願いします」  テーブルにボールペンを置いたが、(弟)は動かない。「今すぐじゃなくていいですからね」と言い添えると、ぼそぼそと独り言のように口を開いた。 「わたし、内科や眼科では女性の先生ってよく見ますけど、外科では初めてなんで分からんでですね……。そのー大丈夫なんですかね。……技術とか……」 「失礼だな、どんだけ切ってきたと思ってんだ」 ――とは言わず、笑顔で「正真正銘の外科専門医ですよ」と、まずそこから説明する。  ネガティブなことを言われるのは女性医師に限らない。婦人科だと男性医師が敬遠されがちだし、研修医ならなおさらだ。某医療ドラマのように「わたし、失敗しないので」と言えたら清々しいだろう。でも実際は上手くいくことばかりじゃないから、「必ず成功するとは断言できないが、安心して治療を受けてもらうため」に懇々と同じ説明をしなければならない。
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