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「いや、なんでもね、わたしの知人が先月他の病院で手術したんですけど、術後の容体があんまり安定しなくて、聞いたら女医さんが手術したっていうからね」 「女性の医師だったから容体が安定しない、なんてことはないんですよ。どんな手術でもね、治りの速度に差があったり、合併症の可能性はあるんです」 「ほら合併症って言った。なんだよそれ」 「先ほどご説明しましたが、手術後に起こる不調です。それは手術が上手くいかなかったとか、誰が手術したとか関係なく、誰でも起こり得ることです」  腕時計にチラッと目をやった。早く切り上げなければ外来に間に合わない。かと言って「うっせー黙ってろ」と終わらせるわけにもいかない。イライラしてきたところで槙田先生がまさかの助け舟を出してくれた。 「鈴木さん、橘先生は経験豊富な優秀な先生です。だから僕も橘先生に執刀をお願いしたんです。術前と術後のサポートも、僕や看護師も一緒に行いますから、どうぞご安心を」  第三者から言われてようやく納得したのか、おとなしくなった。槙田先生は続ける。 「それから、うちの病院は橘先生を始め、美しい医師や看護師がたくさんいるので目移りするのは分かりますけどね、あくまで病気を治すための場所なんで、病院に相応しくない言動は控えていただけると助かります」  それには(弟)だけでなく(兄)も決まりの悪そうに苦笑した。途端に姿勢を正してお行儀が良くなる。  槙田先生に助けられたのは不覚だが、わたしはついさっきまで抱えていたイライラとかモヤモヤしたものが一気になくなっていくのを感じた。重りが急に取れたような、空気の濁った部屋に風が舞い込んだような、そんな感覚だった。もしかして槙田先生はわたしが不愉快なことを言われると分かっていて、付いてきてくれたのだろうか。鈴木さんに注意するために。もしそうだとしたら――。  なんて、それしきのことでときめいたりはしないけど。  退室したあと、外来の時間だからと槙田先生はすたこらと行ってしまい、わたしはまたしてもろくにお礼を言うことができなかった。院内用のPHSが鳴ってわたしも外来診察へ急ぐ。鈴木さん(弟)が同意書をナースステーションに持って来たのは、それから十五分後のことだった。
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