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それよ! とジョッキに残っていたビールを飲み干した。推しの結婚報道を見るまでは結婚願望は抑えられていた。推しがいればときめくから。それなのに唯一の潤いすら取られた気分になって急激に焦燥感にかられたのだ。
「でも結婚以前に恋愛しなきゃいけないよね。あー心に潤いが欲しい」
それからわたしは遥に「この幸せ者め」とか「勝ち組め」とか理不尽に八つ当たりして、「誰か紹介してくれ」とすがりつく。自分でも無様とは思う。でもそうでもしないとやってられない気分だった。居酒屋がカーテンで遮られた個室席でまだよかった。遥はいつものことなので「はいはい」と適当に受け流している。
「あ、楓子! わたしもう帰らなきゃ! あんたも明日仕事でしょ?」
「明日は手術入ってないしィ」
「もー、投げやりにならないのッ、帰るよ!」
遥はテーブルに突っ伏すわたしの腕を引っ張る。仕方なしにダウンコートと鞄を肩にかけて立ち上がり、
「あーあ、誰か結婚してくんないかなー!」
個室のカーテンを勢いよく開けた時、目の前に男性が立っていた。一月の半ばという真冬にワイシャツを腕まくりして片腕にジャケットを引っ掻けている。筋肉質というわけでもない中肉中背、特に洒落っ気のない黒髪短髪。わたしはそのどこか眠たげな眼をした男性を見た瞬間に、アルコールでのぼせていた頭が一気に冷えた。
「ん? 俺と結婚したいの?」
「ま、槙田……先生……?」
直後、わたしは白目を剥いて意識を失った。
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