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「はい、大根とこんにゃくとたまご、それからはんてんとウインナーね」
病院から少し離れた、横丁にあるおでん屋。小汚い店構えだけど、ここのおでんは絶品なので毎年冬は必ず訪れる。槙田先生がうどん屋でおでんを食べているのを見た時から、ずっとおでんが食べたいと思っていたのだ。
「すんげー高いフレンチとかカウンター寿司とか言われたらどうしようかと思ったけど、なんか安心した」
「なんで槙田先生とフレンチに行かなきゃいけないんですか。行くなら恋人と行きます」
「いるの?」
「いませんけど」
槙田先生はふん、と鼻で笑って割りばしで四分の一に切った大根を大きな口に放り込んだ。やっぱり遠慮のない食べ方は見ていて気持ちがいい。わたしもこんにゃくに噛り付いた。飲み込み切らないまま本題に入る。
「仕事の話ってなんですか?」
「今日、内視鏡した人なんだけど、胃下部にがんがあるんだよね。見た感じT2かな。CTはまだだけど」
「オペをわたしにしろと?」
今まで槙田先生から直接頼まれることはなかったのに、鈴木さんの件から容易になったのか、槙田先生はさも当然といった態度で大きく頷いた。執刀を任されるのは構わない。でも便利屋扱いは嫌だ。
「山本先生にお願いしないんですか?」
「いやー、俺、あの先生苦手なんだよね」
山本先生も同じことを言いそうだ。
「今までどうやって決めてたんですか?」
「川上先生に丸投げして、川上先生の判断で執刀医決めてもらってたの。山本先生とはよく組んでたんだけど、なんか合わなくてさ」
それで川上先生に文句を言って、わたしに回ってくるようになったわけだ。面倒臭がりの川上先生のことだ。
「いつも医局にいる山本先生に任せよう」→「山本先生が駄目なら橘先生に任せよう」→「ていうか自分で指名しなさいよ」。そんなところだろう。
むしろ今まで川上先生もよくやっていたものだ。あの人も面倒臭がりとはいえ大概忙しいだろうに。
「そんな頼まれ方、なんか納得いかないですね」
ウインナーのプリっとした歯ごたえを感じながら、今朝やった大腸の手術のことを思い返した。槙田先生は腕を組んで椅子にもたれ、真面目な顔つきになる。
「橘先生の腕を見込んで頼んでるんだよ。この間もDGしたよね。実は前から橘先生のオペは録画で見ててさ、吻合は最近器械でしてるけど、手縫いも見たことあるよ。上手いなーって思ってたんだよね」
ウインナーを頬張ったまま、槙田先生を見やる。
「わたしのこと嫌いかと思ってました」
「仕事は仕事だろ」
嫌いというところに否定はしないということは、わたしの腕を見込んでいる、というのは本心だろう。槙田先生がわたしを認めて直接手術の依頼をするなんて自尊心を刺激されるものがある。
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