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「優しくていい人だった奥さんが浮気してて、女ってこえーなって話。わたしも裏表ある人間だから槙田先生にとってわたしは嫌なタイプの女なんだろうなって。だからきみは絶対結婚できないって言われたのかなと」 「そんなこと言ったっけ?」 「言いましたよ。プライド高いゆえに人を見下してるとか、節操なく愛想振り撒いてるとか。すんごい嫌な感じでムカつきましたけど」  笑った槙田先生の口からたまごのカスが飛んできた。露骨に顔を歪めておしぼりを投げつけてやった。 「でも、それほど槙田先生はわたしを嫌いなのに、鈴木さんに困ってるわたしを助けて下さいましたよね。今だって仕事は仕事と割り切ってオペを頼むくらいだし。槙田先生は仕事と私情をちゃんと分けてる。わたしはそれ、できてなかったなと思って。鈴木さんのことも川上先生には任せて下さいなんて言っておいて、内心主治医が槙田先生なら担当したくないなとか思っちゃったし」 「ついに出たね、本音」 「槙田先生が山本先生を叱責した時、わたしは真っ先に院の沽券とか医師の立場ばかり考えちゃったんです。今まで患者や他の先生方から見た自分の印象とか評判ばかり気にして、今でもそれは大事だけど、純粋に患者のために怒ってる槙田先生を見たら本当はこうあるべきなんだろうなって反省して。だからわたしも純粋に患者に向き合わないとなって思った次第です」  それからわたしたちの間にやや沈黙ができたが、店内が賑やかだったので気まずくはなかった。残ったはんてんを平らげて、じゃがいもとちくわを追加で注文。寒い冬に仕事のあとで食べるおでんと炭酸水は最高だ。 「橘先生は親御さんも医者なの?」 「え? はい」 「開業医?」 「はい。眼科ですけど」 「橘先生が自分や病院のイメージやたら気にするの、親が開業してるからかなって思って。開業医って勤務医と違って経営者でもあるから口コミ大事じゃん。もしかして昔からそういうの意識してた?」  言われてみれば、子どもの頃から厳しく言い聞かせられていた。どこに行っても「橘眼科の娘」という目で見られて、馬鹿なことをして父に恥をかかすなとか、どこで誰が見てるか分からないから振る舞いには気を付けろとか。昔は鬱陶しいと思っていたけど、いつの間にかそれが染み付いた。今もその考え方が抜けないのかもしれない。
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