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「俺は全然気にしないから橘先生のそういうとこよく分かんなかったんだけど、こないだウチの病院の口コミ見てみたんだよ。ゴーグルマップ。星三つでさ」 「微妙ですね」 「消化器外科で不愛想な男の先生が感じ悪かったって書かれてたの。俺じゃんって」  何が可笑しいのか、わははと笑っている。 「実際言われたら、確かにちょっとショックだよね。自分のせいで病院そのもののイメージ悪くなったら申し訳ないし。それ見て初めて橘先生の言うことも一理あるなって、俺も反省したよ。おあいこだね」  明日の手術に備えて飲酒を控えているわたしに気遣いもなく、槙田先生はビールをごくごく飲み進める。 「そんなに俺のこと考えてくれてたんだねぇ」 「だから語弊がある言い方やめて下さい」 「あー、でも一つ訂正しとくよ。俺、橘先生のこと……」  その時、背後の引き戸がガラッと勢いよく開き、店長の「らっしゃっせー!」という声が槙田先生の声を被った。サラリーマンと女の子の二人連れが入ってきて、舞い込んだ冷気が寒くて腕をさすりながら振り返った。早く閉めて欲しくて。けれどもサラリーマンと目が合った瞬間、時が止まった。和樹だったのだ。和樹もこちらに気付いて目を見開く。お互いにあきらかに動揺していたが、声を掛けるか迷って他人のふりをすることを選んだ。和樹はわたしの斜め前のテーブル席に座る。声が届くか届かないか微妙な距離にまた困惑した。そうだ、この横丁はサラリーマンがたくさん来る。和樹と待ち合わせしたこともあるから出会っても不思議ではないのだ。訝しんだ槙田先生は、わたしと和樹を交互に見て何か悟ったらしく、「出ようか」と促してくれた。話を最後まで聞けなかったうえに気を遣わせてしまった。  店を出ると足は自然に帰路に着く。大通りはまだ車の行き交いも多く、歩道には会社帰りの人や塾帰りの学生や、人がたくさんいた。雑踏が心の乱れを紛らわせてくれる。  和樹の隣にいた女の子は紺色のレディーススーツがクールな綺麗な女の子だった。もしかしてSNSの写真に写っていた指は彼女のものなのだろうか。……いや、もう終わったことだ。彼が誰を選んで誰と付き合おうがわたしには関係ないのだし。
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