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「さっきのサラリーマン、知り合い? かっこよかったね」 「元彼氏です」  槙田先生は咳払いをして、間を空けたあと「元気出してね」と分かりやすく同情した。 「元って言っても、高校時代なんでもう二十年も前ですよ。大学入って自然消滅して、向こうが社会人になってから友達として交流があったという、そんな感じです」 「友達なのに挨拶もしないの?」 「年に一度会うか会わないかくらいの微妙な男友達です。嫌いで別れたわけじゃなくて、なんとなく再会して、気が向いたら会って。恋人に戻るには時間が立ち過ぎたけど、完全な友達にもなりきれないような。お互いに切り札的存在」 「斬新な関係だね」  これを話したらどうせ引かれるんだろうな、とか馬鹿にされるだろうな、と分かっていながら、わたしは和樹に最後に会った日の夜のことを話した。  恋愛も結婚も上手くできないこんな自分にも誘ってくれる男友達がいるのだという優越感と安心感があったことも、最悪誰とも結婚できなくても和樹だけはいてくれるような気がしていたことも、そこに期待していたことも。そのくせいざ復縁を迫られたら本当に好きなのかどうかよく分からないまま流された。こうやって改めて振り返ると本当に浅ましい女だ、わたしは。そう思いつつ話してしまうのは、今更槙田先生に取り繕う理由がないことと、槙田先生がわりと真面目に聞いてくれるからだ。 「病院から電話があった時、行って欲しくないって言う彼を押しのけたんですよね。あれだけ恋愛したい結婚したいって思ってたのに、せっかくのチャンスを棒に振ったんです。案の定、傍にいて欲しい時にいないのは寂しいとか言われて、それきりです」  ふうん、とこぼす声は興味がないわけじゃなく、どういう返事をすればいいのか分からない、といった雰囲気だった。 「別れ際に『お前は結婚して家庭を持つのが夢だったのに、なんで医者になったんだ』って言われてはっきり答えられなかった。父が医師だから医師になった、だけじゃ胸張って言えなくて。いつかは結婚したいって言いながら仕事ばかりで恋愛すらできていない。医師であるための明確な理由もない。ナースだって言えばモテますけど、肩書き偽って婚活したくないし、独身を貫く決心もない」
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