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 わたしだって無駄に選んでいるわけじゃない。今まで付き合った人には、しっかりしていて優しくてカッコいい男の子から絵に描いたような駄目男までいた。それなりに恋愛経験はある。だからこそ「いつか結婚するならこんな人がいいな」という自分の理想ができていった。別に顔の良し悪しにはこだわらない。立ち振る舞いは美しい人がいい。生活水準と金銭感覚は合うほうがいい。そして相手に望むものがあるなら、自分もそれに見合う人間にならなければならないと思っている。類は友を呼ぶという言葉があるように、自分を高めればきっと自分の理想の人に出会えると信じていたから勉強も仕事も頑張った。でも頑張れば頑張るほど「可愛げがない」と言われた。  いくつになっても恋はしたい。結婚もしたい。でも仕事も大事だ。全部諦めたくなくてここまで来たけど、最近これでよかったのかどうか分からなくなっていた。一度考え出すと今まで築いたものがすべて無駄だったと思いそうであまり考えないようにしていたのに、槙田先生に話すことで悩みだとか躊躇いだとか、絡まったコンセントが解けていくように浮き彫りなっていった。  わたしのすぐ傍を自転車が猛スピードで通り過ぎ、反対側にいた槙田先生が動いて立ち位置を代わってくれる。歩道橋の階段を上がり、橋を渡り、階段を下りるまで槙田先生は終始無言で、やっぱり話さなければよかったと後悔した。大体、槙田先生にこんな話をしてまともな返答があるはずがない。歩道橋を下りたところで向かい合い、 「――と、いうわけです。ご清聴ありがとうございましたっ」  重苦しい雰囲気を変えたくて明るめに締めた。けれども槙田先生はどこを見ているのか分からない眠たげな目で、後頭部を掻きながら「あの彼さ」とおもむろに口を開いた。 「きっと結婚したら家庭に入れって言う奴だと思うから、振られてよかったと思うよ」  なんなんだ、その慰め方は。 「家庭に専念することが駄目なんじゃなくて、意志を押し付けるような人間とは一緒にいても窮屈だろってこと。完全に寄りが戻る前に分かって良かったんじゃない?」 「そうですよね」 「あとさ、ぶっちゃけ明確な目標があって医者になった奴なんてほとんどいないんじゃないかな。後継ぎとか学力に見合ったとかそんな感じでしょ。俺も学校の先生に勧められたから医学部行っただけで、親は公務員だし。すべての医者が『病気から人々を救いたい』なんて立派な志を持ってるわけじゃないのよ。今、ちゃんと医者としての自覚があってちゃんと仕事してるなら問題ない。医者に限らず何かになるのに理由なんてさほど重要じゃない」 「……」 「それから」  まだ続くのか。自分で話をしておいて申し訳ないけど。
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