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「橘先生、他の先生や患者と喋る時すっごい人当たりいいのに、誰もいなくなった瞬間スンッてなるの、自分で気付いてる?」 「えっ」 「初めてそれ見た時『あー、腹に一物抱えてる奴だ』って、確かに苦手だった。周りにニコニコしてんの、いい年してキャピッてんじゃねぇとも思ってた」  傍に通行人がいなければ拳を突き出すところだ。 「でも嫌いじゃないよ。山本先生みたいに素のままの人でも難しいオペから逃げたり患者の回診しない人は嫌いだけど、橘先生はプライド高いぶん責任感あるし、好感度上げるのに必死だから仕事投げ出したり適当に終わらせたりはしないだろ」  やっぱり褒められてもどこか癇に障る言い方なのは、わざとなのだろうか。遠くのほうで信号機の色が変わった音がする。これで何度目だろう。 「それだけに、俺を理由に鈴木さんのオペに消極的だったのはムカついた。だからけっこうヒドイこと言ったと思う。ごめんね」 「でもその件はあきらかにわたしがいけないので」 「そうやってちゃんと反省して、患者に向き合わなきゃって思ったんでしょ? さっきの彼の話に戻るけど、病院から電話があったからって本当に病院に戻る主治医どのくらいいるのかな。大抵は当直医に任せるじゃん。でも橘先生は誘惑に負けずに医者として患者を優先した。立派じゃないの? 充分胸を張れるじゃん。そういうきみを『応援するよ、好きだよ』って言ってくれる人はいると思う」  わたしは嬉しいとか有難いというより、困惑していた。他人に関心を示さない人だから、誰かの相談に乗ったり話を聞いたりするのはできないタイプだと思っていた。それなのにわたしがポロっとこぼした愚痴に、一個一個答えてくれる。こんなに丁寧に返されるとは思わなかった。 「つまりさ……」  目を泳がせながら頬をポリポリと掻く。 「まあ、頑張ってよ」  思わずガクッと肩を崩した。少女漫画や恋愛ドラマならここで告白されてもおかしくない空気だったが、そう都合よくはいかない。いや、いったところで困るけど。
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