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 翌日、槙田先生の言っていた通り、レジデントの男の子が消化器外科にやってきた。  レジデントとはいわゆる後期研修医のことだ。国家試験に受かった医師は五年間研修をしなくてはならず、最初の二年間は色々な科を短期間で回って臨床研修をし、残りの三年間はより専門的な研修を行う。  自分が研修医だった頃のことを思い出して、懐かしいような辛いような苦い気持ちになる。右も左も分からないヒヨッコなのに指導医に叱られながら薬を処方したり、患者に採血が下手くそと怒られたり。後期研修に入った時はどうだったっけ。「とりあえずやってみろ」と、手術室の中でいきなり執刀を任されて焦ったな。ああ、懐かしいけど二度と戻りたくない新人時代。今日来る子も、今頃緊張していることだろう。川上先生と槙田先生に頼まれたのだから仕方がない。わたしが優しく教えてあげなくちゃ、と、すっかりその気になっていたが、医局に入ってきた例の男の子は存外に堂々とした様子で「遠野良仁です」と名乗った。二十八歳だそうだ。 「わか」  無意識に口にしていたわたしの率直な感想に、隣にいた槙田先生が腕で顔を隠して吹き出した。川上先生がいつもより穏やかな口調で言う。 「えーと、遠野先生のオーベンは橘先生だよ。橘先生は胃と食道が得意なの」  遠野くんとやらは眩しくてあどけない笑顔をわたしに向け、「よろしくお願いします!」と無邪気に握手を求めた。細身だけど背は高いし、ふわっとした黒髪のセンターパートが爽やか。濃いめの眉に二重のぱっちりした目。 「腹腔鏡がすごくお上手だと伺いました。ぜひ色々教えて下さい」  少し前に結婚発表をした推し俳優によく似ている。見た目は好みすぎる。可愛い。わたしがあと十歳若かったら、絶対惚れただろう。
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