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 それからわたしは遠野くんの指導医として一緒に行動することが増えたが、遠野くんは本当に三年目なのかと思うほど手際が良かった。出勤してすぐに入院患者の体温を確認して、前日の夜の体温と見比べて少しでも違和感があれば看護師に確認する。薬の処方もスムーズだし、わたしが任せた虫垂炎のオペも上手かった。結紮は要練習だが、手順は完璧。何より堂々としているのが頼もしい。自分で考えて自分で動いてくれるので、わたしのほうが大いに助かった。もうちょっと初々しさがあってもいいのに、と残念になるくらいだ。  だからといって放っておいても大丈夫、というわけじゃなかった。仕事が早いのは効率良くすることを考えすぎているからだと分かったからだ。的確な薬を出せるのはいいことだけど、バイタルサインだとか血液検査の数値だとか、そういうところだけで判断しているところがある。回診の様子を見てみれば、遠野くんは患者の話を最後まで聞かないことが度々あった。 「杉村さーん、もしかしてお腹が張ってるとか、ガスが出てないとかありませんか?」 「あ、そうなんです。それをちょうど先生に相談しようと……」 「ちょっとお腹見せて下さい。触診しますね」  体に触れられれば患者も黙るしかなく、触診が終わってから話し始めようとしても、遠野くんはバインダーに視線を落としたまま「はいはい」と聞き流す。あまりにひどい時は遠野くんが病室を出たあとにわたしが話を聞くことにしているのだ。  それとなく注意をしてみても、遠野くんは「気を付けます」と口先だけで、改める様子はない。だけど本人はきちんと診察しているつもりだし、あきらかなミスをしているわけじゃないのでわたしも強くは言えなかった。患者への接し方も治療方針も、医師によってやり方は違うのだから、わたしのやり方を押し付けるわけにはいかない。  そのちょっとした遠慮が今後に影響するのだと痛感したのは、とある担当患者の治療に遠野くんを加えた時のことだった。
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