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「橘先生の診察長くないですか?」  と、聞かれたのは、外来が終わって医局でカルテを入力している時だ。パソコンの画面を見つめる端正な横顔は真剣な表情を崩すことなく、それがかえって冷たい印象だった。 「今日、すごい待ち合い混んでましたよ。途中で帰った患者もいるし」 「新患や飛び込みが待つのは仕方ないわよ。予約はそんなにズレはなかったはず。途中で帰るのは緊急性がない証拠よ」 「諏訪さんもいつもあんな馴れ馴れしいんですか? 友達じゃあるまいし」  自分のやり方に口を出されるのはまだしも、諏訪さんまで貶めかねない発言にカチンときて、わたしは思わずデスクを叩いた。医局内の視線がこちらに集中したので、「なんでもありません」と周囲に笑顔を振り撒いた。当の遠野くんはまるで驚いていなかったが。 「患者との線引きはきちんとしてるからご心配なく。わたしが診察時間を長く取るのはね、患者の話をしっかり聞いて寄り添うことで詳しい症状を聞き出せるからよ」 「山本先生の診察は早いのに」  ぼそりと洩らした言葉は聞こえていたが、あえてそこは無視をした。 「それから、患者を蔑むような発言はやめなさい。今日外来に入ってもらったのは、あなたも諏訪さんの手術に入るからよ。あなたも諏訪さんの担当医だって忘れないでちょうだい」 「……はい」  パソコンから目を離さないままの、不服そうな返事。もしかしたら遠野くんは一番面倒なタイプかもしれない。わたしは指導医を押し付けた槙田先生の顔を思い出して、人知れず舌打ちをした。
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