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 ―――  やっと遅めの昼食を摂る時間ができた、ある夕方。売店へ向かっていたらエレベーターの前で福沢さんに会った。お疲れ様でーす、と言う笑顔に覇気がない。 「大丈夫? 疲れてない?」 「そうなんですよー、橘先生だから言いますけど、遠野先生がすごいストレス」  いきなりの暴露に吹き出しそうになる。分かるよ、わたしも最近、遠野くんが面倒臭い。喉のすぐそこまで来ていた共感は飲み込む。どこで誰が聞いてるか分からない。 「何か言われたの?」 「なんていうか、患者さんへの点滴も採血もバイタルチェックも、早くしろよってとにかくうるさいんです。そのくせこっちが誰それさんが症状を訴えてますって伝えたら、数値は問題ないから様子見ろとか。あの先生、山本先生と同類ですよ。患者さんの話聞かないし、なんだか冷たいし」  わたしが感じたことと同じだ。何度か遠野くんには注意した。まずは患者の話を聞くこと、必ずしも体調不良は数字に出るわけじゃないのだと。けれども遠野くんは、 「でも、一人十分の診察は長いです。どんどん捌いていかないと回っていかなくないですか? 緊急性があるとかないとかの問題じゃないと僕は思いますけど」  などと口答えをしておしまいだ。しかも最近ではわたしの助手として手術に入っても、「大学病院にいた○○先生はこうでした」とか「父がそう言っていました」とか意見するようになった。きっと遠野くんは優秀な先生方に囲まれて教育を受けてきたのだろう。だから自分に自信があるし、これまで師事した先生方と違うやり方を見ると納得できないのかもしれない。  ガッカリしただろうな。名医がいると聞いてこの病院を選んだのに、いるのはせんべいオタクの川上先生、偏屈の山本先生、手術をしない槙田先生、そして治療方針が合わないわたし。他にも有望な医員はいるけれど、遠野くんにとっては物足りないはずだ。もっと威圧的に説教したほうがいいのか? でもあんまりキツく言うとパワハラとか言われかねないし。 「あ、槙田先生」
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