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 福沢さんの声に、俯けていた顔を上げた。槙田先生が前方から歩いてくる。売店の入口の前で軽く頭を下げ、福沢さんが先に店内に入ってから声を掛けられた。 「遠野くんはどう?」 「色々悩ましいですよ」 「楽しんでるのかと思ってた。綺麗って言われてデレデレしてたから」 「あのね、お世辞だってことくらい分かります。それに弟より年下の男には興味ないので」  本当は推しに似たイケメンの指導医なんてちょっとラッキーとか思った。お世辞とはいえ嬉しかった。でもそれも最初だけ。今は仮にもし慕われたとしても御免被る。 「ってか、橘先生、弟いたんだ。弟さんも医者?」 「いえ、普通の会社員です。自由奔放な風来坊」 「橘先生って話せば話すほどネタが出てきて面白いよね。また色々教えてよ」  フラッとフィリピンに移住したはずの五歳下の弟がフラッと日本に帰ってきて就職して、三年前に結婚して今は一児の父とか?  両親は弟家族に夢中でわたしの結婚なんかとうに諦めてるとか、いつまでも実家にいないで一人で暮らせと追い出されたとか?  どこが面白いネタだ。なんでそんなこと槙田先生に話さなきゃいけないのか。けれども口にしたのは自分でも驚くほど真逆のことだった。 「焼肉連れてってくれるならいいですよ」 「いいよ。肉の部位について熱く語ろうか」  本気なのか冗談なのか分からないテンションで言う。 「その前に、デカいオペがあるんでしょ。……まあ、なんかあったら言ってよ。頑張って」  槙田先生は売店には寄らず、そのままエレベーターのほうへ行ってしまった。少しは気にしてくれているのだろうか。  槙田先生がなんだか若々しく見えたのは、いつも紺色のスクラブの上から羽織っているはずの白衣を着ていないから。それだけのことで印象は変わる。売店の窓ガラスに映る、自分の疲れた顔をまじまじと見ながら前髪をささっと整えた。
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