5

11/14
前へ
/201ページ
次へ
 ――― 「……そう、ですか」  手術ができなかったという事実を伝えた時の、諏訪さんのお母さんの絶望と失望の目が頭に焼き付いた。別室で諏訪さんの帰りを待っていたのはお母さんとお父さん、そしてお兄さん。「どうしても手術はできないんですか」と震える声でお父さんに懇願されたが、わたしは冷静に腹膜播種がどんなものか、なぜ手術ができないのかを説明した。手術前にもこういう可能性はある、という話はしてあるし、同意ももらっている。けれども実際に起こるとやはり頭が追いつかないのか、納得も理解もできていないようだった。 「お嬢さんはまだ麻酔が効いていますので、目が覚めたら今後の治療について再度お話に伺います」  そう残して退室してから三時間。看護師から諏訪さんの意識が戻ったと聞いたが、わたしは医局から動けずにいた。わたしを信頼してくれた諏訪さんが落胆する顔を、見るのが怖かったからだ。 「あーでも、行かなきゃ……」  重い腰を上げてようやく医局を出る。病室の前では諏訪さんのお兄さんが険しい表情で立っていた。お兄さんはわたしに気付くと突然「先生、ひどいじゃないですか!」と声を荒げた。 「え、……何かありましたか……!?」 「今後の治療について橘先生からお話があるからと待っていたのに、どうして別の先生に来させたんですか! 手術ができなかったことも、今後は化学療法しかないことも、緩和ケアのことも、妹はまだ何も心の準備ができていないのに淡々と説明されて、妹がどんなに傷付いたか!」 「ちょ、ちょっと待って下さい、わたしは今からその説明をしようと思って……誰が来たんですか!?」 「若い男の先生です。妹の担当医だと言っていましたけど」  遠野くんだ。わたしは遠野くんに説明に行けなんて一言も言っていない。 「連絡の行き違いがあったようです。申し訳ございません! 今からわたしから」  けれどもお兄さんはスッパリ拒否した。 「もういいです。同じ説明を何度も聞きたくないですから。妹はショックを受けて一人にして欲しいと言っています。今後は別の先生に来ていただくようお願いします」
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

547人が本棚に入れています
本棚に追加