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 お兄さんは肩をいからせて病室に戻っていった。騒ぎを聞きつけた看護師たちがナースステーションから様子を窺いにやって来たが、わたしはそれらを振り切って遠野くんを探した。研修室でシミュレーションをしていると聞き、駆け足で研修室へ向かう。  思いきり扉を開けて、遠野くんの後姿が目に入るなり詰め寄った。 「遠野くん! アナタねぇ!」  研修室には他の研修医がいるにも関わらず遠野くんのスクラブの襟を掴んだ。 「どうして諏訪さんに術後の説明に行ったのよ! わたし、そんな指示出してないわよね!」 「橘先生が、諏訪さんが麻酔から覚めてもなかなか行こうとしなかったからです」 「だからってなんで勝手に行くわけ!?」 「僕も諏訪さんの担当医だって、橘先生が仰ったんでしょう!」  強気に怒鳴り返されて、不覚にも一瞬だけ怯んでしまった。遠野くんは続ける。 「手術ができなくてショックだったんだろうけど、先生がそうやってウジウジしている間にも病気は進んでいくんですよ! 抗がん剤なり放射線なり早く次の方法を提案してあげることが、患者のためじゃないんですか!?」 「……そんなこと、分かって……」 「分かってないですよ。あれだけ慕われたら『手術できませんでした』なんて言いにくいですよね。橘先生は線引きしてるって言ってたけど、できてないと思います。だから僕は患者に必要以上に関わってはいけないと思うんです。患者に寄り添うからこそ症状を聞き出せる? 詭弁ですよ。親切にして信頼されて感謝される、その図式に優越感に浸っているだけなんじゃないですか? 橘先生のはただのエゴです」  頭を鈍器で殴られたみたい、とはよく言ったものだ。今まさに、そんな気分だ。専攻医にここまで言われて情けないのもあるけれど、遠野くんの言うことを否定できなかったことが悔しかった。何より、槙田先生と同じことを言われたのが、とてつもなくショックだった。
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