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 夜中の寒空の下を、肩をすくめて歩く。お腹が空いたけど今は午後十一時。うどん屋も閉店している。コンビニで賞味期限ギリギリの弁当でも買って帰るか。もう売れ残りしかないだろうけど、せめて明太子スパゲッティがあればいい。そんなことを考えていると無性に虚しくなった。  わたしの計画では医師になったとしても三十五には結婚しているはずだった。仕事もバリバリやって家事も育児もできるスーパーウーマンになっている予定だった。夫婦仲もよくて、子どもにも好かれて。現実はどうだ。育児どころか結婚も、恋愛すらもしていない。何が原因だったんだろう。やっぱり勉強と仕事を優先したことか。せめて仕事が上手くいっていて、わたしが消化器外科界の名医なら潔く独身を貫く決心がつくのに、冴えない総合病院で冴えない外科医をやっていたんじゃ満足できなくて、いつまでも現実逃避に夢ばかり追ってしまう。そもそもわたしはなんで父が眼科医なのに消化器外科医になったんだろう。  行き当たりばったりな人生だな。計画を立てていると思っていたけど、実際は漠然と理想を掲げていただけ。高い学費を払って医学部に行ったから医師になっただけで、これといって目標もないし。ならばいっそ医師をやめて今からでも必死に婚活する? 医療業界とは違う職種に転職するのもアリかもしれない。自分を高めるのは医師じゃなくてもできる。その点「家庭を持ちたい」という夢は小さい頃から持っていたのだし。  ダウンコートのポケットの中でスマートフォンが震えた。こんな時に呼び出しか、とげんなりしたら、相手は病院ではなく遥だった。こんな遅くに遥から掛かってくるのは珍しい。 「もしもしー」  子どもが寝静まって時間ができたから掛けてきたんだろう。そんな軽い気持ちで応答したら、電話口の遥はやや間を空けて、涙声で「ふうこ」と絞り出した。 「……どした、もしかして泣いてるの?」  思いがけず深刻な様子にスマートフォンを持ち替える。遥はしばらくグスグスと鼻をすすっていて、それが落ち着いた頃に続けた。 『あたし、もう離婚したい。……なんであんなのと結婚したんだろ……』  まともに喋れないほどの嗚咽だ。詳細は言わず、ひたすら「離婚したい」と嘆いている。理由も分からないわたしは「どうしたのよ」とうろたえるしかできなかった。ただスマートフォン越しになんとか元気づけようと四苦八苦しながら思ったのは、どの道を行っても後悔はするのだなということだった。
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