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 外来診察を終えて夕方の回診に行くため、病棟に向かっている途中だった。槙田先生に呼び止められた。 「このあいだ言ってた胃がん患者なんだけど」 「えーと、五十五歳の男性でしたっけ」 「そ。上村さんっていうんだけど、やっぱりステージⅡbだったよ。時間ある時にカルテ見といてくれる?」 「分かりました」  やっぱり見極める力はあるんだなと改めて思う。諏訪さんも最初から槙田先生が診ていれば、もしかしたらわたしとは違う治療法で手術できたかもしれないのに。考えても仕方のないことを考えて息を吐いた。 「元気ないね」 「最近胃がん続きなんで……もう自分の胃が痛いくらいです」 「内視鏡してあげようか。俺、上手いよ」  秒で断った。わたしは内視鏡のプロでありながら自分が内視鏡をされるのは嫌なのだ。苦しげにえづく姿を職場の人に晒すなんてとんでもない。だから自分が健康診断を受ける時は他の病院に行っている。 「たまには胆のうのオペやる?」 「どうしてもわたしじゃないといけないならやりますけど、そうじゃないなら川上先生にお願いしまーす。今、オペの予約いっぱいなんで」  では、と頭を下げたが、槙田先生は追って聞いてくる。 「夜、時間あるなら話聞こうか?」  焼肉行きたいんでしょ、と付け足された。遠野くんとの一件から心配してくれているのかもしれない。それとも、指導医をわたしに押し付けた罪悪感?   「お気遣いありがとうございます。でも、今日は友人と約束してるので」 「前に居酒屋で一緒にいた、ボブカットの子?」 「そうです。夫婦喧嘩したみたいで」 「そりゃ大変。話聞いてあげないと。じゃ、焼肉は別の機会に」  わたしには離婚したいほどの夫婦喧嘩の原因など分からないけれど、結婚経験のある槙田先生なら遥の気持ちを分かってあげられるのかもしれない。  少しだけ疎外感に似た苛立ちを感じたのは、別に槙田先生が自分から誘っておいてアッサリ引き下がったからじゃない。わたしの親友なのに分かったような口をきかれたのが悔しいだけだ。
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