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 *** 「仕事が忙しいのは分かるのよ。でも、だから家事育児は意地でもやらないっていうエラそうな態度がすごく嫌なの」  遥は香り立つコーヒーに口をつけず、両手で包んだマグカップに視線を落としたままだ。  仕事を終えたあと遥に連絡を入れたら、それから三十分後に車を飛ばしてわたしの家までやってきた。午後十時半時だった。子どもたちは寝かせてきたらしい。遥はいつもそうだ。子どもは小学六年生と二年生で、夕飯もお風呂も済ませて寝床に入ったのを見届けてから出てくる。出かけるのは旦那さんが家にいる時だけ(夜に子どもだけを残せないかららしい)。今日は旦那さんの帰りが早いから話を聞いて欲しいと懇願された。ちょうど手術がない日だったのと、いつもわたしに合わせてくれるばかりの遥から助けを求められて断る理由はなかった。  夫婦喧嘩の原因は、平日休日問わず家にいる間はずっとソファでゲームをしている旦那さんに注意したことがきっかけらしい。 「毎日仕事で疲れてるんだから家にいる時くらい休ませろって。今までも何度も同じやりとりはしたけど、いつも最後に『そうは言ってもあたしは専業だし』って自分を無理やり納得させて我慢して終わらせてたの。でも昨日は『普段たいしたことしてないくせに』って言われて、なんかもう悔しくて」  遥の旦那さんとは遥の結婚式を含めて二、三度しか会ったことがない。それも軽く挨拶を交わしただけ。すごく真面目で優しそうな人、という印象だったが、そんな暴言を吐くのかとわたしは静かに驚いた。 「旦那が仕事してくれてるから生活できてるのは分かってんのよ。そこは感謝してる。でもさ、あいつが家のこと何も気にせず仕事に行けるのは、あたしが家のこと全部してるからじゃん。子どもを学校に行かせて習い事の送迎して、熱を出せば看病して、洗濯して炊事をしてるから、仕事から帰ってすぐにご飯が食べられる。お風呂に入れる。飲み会に行ける」 「そりゃそうだ。家に帰ったらご飯があるなんて想像しただけで羨ましいわ」  仕事が終わったあとに考えることは「今晩、何食べよう」だ。疲れてヘトヘトなところに買い物に行ってご飯を作るなんてとてもじゃないけど無理。だから大抵、外食かお惣菜になってしまう。掃除をする暇も元気もないからどんどん散らかっていくばかり。だからゴミ溜めになったのだけど。時々家事代行を頼もうかと考えるくらいだ。それを思えば、そんな心配もなく綺麗な家に帰ったら温かいご飯が用意されている遥の旦那さんは羨ましい。 「旦那にとっては、当然なんだよね。レンジで温めるくらいできるでしょって言ったら、『それがお前の役目だろ』って。四十にもなってレンジに入れることすらできないんだよ、やばくない?」
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