6

4/16
前へ
/201ページ
次へ
 ***  外来診察を終えて医局に戻ったら、ちょうど病棟回診から戻った遠野くんと出くわした。目が合うと遠野くんは気まずそうにお辞儀をして足早に去る。  あの諍いからあからさまに遠野くんに避けられるようになり、事情を知った川上先生が指導医をわたしから山本先生に変更したのだった。指導医すらまともに務まらないのは情けないし申し訳ないとは思うけど、わたしとしてはホッとしたのが本音だ。  手術ができようができなかろうが諏訪さんを最後まで診たかった。けれども残念な知らせに怒った諏訪さんのお兄さんが主治医の変更を希望して、槙田先生が諏訪さんの主治医になった。遠野くんの説明はたぶん、よほど無情だったのだろう。彼が余計なことをしなければ、とわたしは根に持ってしまっている。  ――いや、駄目だ。遠野くんなりに患者のことを考えた結果だ。わたしの指導不足でもある。わたしが診たかったのに、なんてのは、それこそエゴかもしれない。  大きく深呼吸をして、遠野くんのほうへ近寄った。隣のデスクに着くと、遠野くんは警戒した様子で眉をひそめた。 「このあいだはカッとなってごめんなさい。遠野くんが患者のためにしたことなのに怒って申し訳なかったわ。やり方は違っても、お互い患者のことを思う気持ちは一緒だと思うの。だからこれからは情報を共有し合いながら頑張りましょ」  けれども遠野くんは共感も反省の色も見せず、渋面のまま「こちらこそすみませんでした」と呟くだけ。相手が上司だろうと自分の意見は曲げたくないという頑固さ。プライドが邪魔をして素直になれない。まるで自分を見ているようだった。  槙田先生ならこんな時どうするんだろう。相談してみようにも今日は往診でいないらしい。ホワイトボードの「槙田:外出中」という走り書きにすらイラッとしてしまった。  ……槙田先生に相談しようだなんて、わたしも相当疲れているようだ。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

548人が本棚に入れています
本棚に追加