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 夕方に緊急の手術が入ってしまい、業務をすべて終えた頃には日付が変わっていた。槙田先生は結局病院には戻らず、他の先生方の会話からそのまま直帰したと知った。こちとらバタバタしていたのに、ちょっとくらい様子見に戻って来いよ、なんてイライラしながら帰り支度をする。  気が付けば二月ももう後半。寒さのピークは過ぎたのか、このところ風は弱まっているように思う。それでも防御するように両腕で体を抱き締めてブルブル震えてしまうのは、完全に眠りに落ちた街中の静けさが寒さと相まって、不気味感が増すから。夜道は怖い。帰りが夜中になった日は特に怖い。そうそう襲われることなんてないだろうとは思うけど、ふいに自転車が横切ったり、背後に誰かがいるとドキッとする。ああ、こんな時に迎えに来てくれる人がいればな。若い頃は「こんな人がこういうシチュエーションでこんなことしてくれて」などとぶっ飛んだ妄想をするだけでも楽しかったのに、現実の厳しさを知った今ではそんな妄想をしても楽しめなくなった。恋人とは言わない。せめて友達、いや誰でもいい。いつもより恐怖心を覚えるこんな時、誰か一緒にいて欲しい。  そしてそういう時に限って、嫌な予感というのは当たるものだ。さっきまで自分の足音しか聞こえなかったのに、後ろから別の足音が重なってくる。足音はじょじょに近くなってきている気がして、わたしは足を速めた。後ろを振り向いて確認すれば済む話だ。どうせ見知らぬ誰かと帰る方向が同じなだけ。  でも、もしわたしの後をつけていたら?  家まで付いてきたら?  一度悪いほうに考えるとどんどんそっちへ引っ張られる。怖さのあまり心臓がバクバクして気が狂いそうになった時、 「橘先生、今、帰り?」  聞き慣れた声に呼ばれて前方に目を凝らすと、暗夜の中、橙色の外灯にぼんやり照らされた槙田先生がいた。この時ほど槙田先生を頼もしく思った瞬間はない。心の底から安堵して、思わず槙田先生に駆け寄った。
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