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「ま、ま、まきたせんせいっ」 「半べそかいてどうしたの。俺は今から病院行くんだけど。カルテ入れるの忘れてて」 「う、うしろっ、誰かが……っ」 「後ろ? ああ、遠野くんじゃん」 「え!?」  振り返ると上質なウールのコートを着た遠野くんが、確かにいた。わたしの背後にずっといたのは遠野くんだったらしい。それが分かった途端、怒りを覚えるほどホッとした。無駄に怖がらせやがって。 「え、あ、なんかすみません……。橘先生に一応ご報告を……さっき、オペレコ描くのにメディバン使いましたよね。保存できてなさそうだったので、保存しときました」 「へ、……そ、……えっ」 「せっかく描いたのに消えたら勿体ないので。すみません、それだけです」 「ご、ごめんね。ありがとう」  すると遠野くんは微かに鼻で笑い、 「そんな怖がらなくても。襲ったりしませんから大丈夫です。では」  そう残して遠野くんは颯爽と帰ってしまったが、まるで「お前なんか襲う奴いない」というような言い方だった。自意識過剰を指摘されて恥ずかしいしムカつくし。わたしは槙田先生に向き直り、穴があったら入りたい気分で取り乱したことを詫びた。けれども槙田先生は哀れむわけでも馬鹿にするわけでもなく、むしろ申し訳なさそうに「ごめん」と口にした。
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