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「なんで槙田先生が謝るんですか?」
「そうだよね、夜中に一人で歩くの普通に怖いよね。今まで送ってあげなくてごめん」
「いえ、それは別に……いつもは平気なんです。今日は深夜だから」
「時間帯は関係ないでしょ。なんかあってからじゃ遅いし。送るよ」
「でも、槙田先生病院に行くんじゃ」
「別に急ぎじゃないから」
あと数十メートルも行けば病院に着くのに、槙田先生はあっさり方向転換した。わたしは戸惑いながらあとを追い、槙田先生の背中が逞しく見えて目をこすった。
「しかし遠野くんはツワモノだな。あんな大型新人見たことないよ」
「わたしのこと完全に見下してますしね。クソ生意気なクソガキ」
「クソクソ言わないの」
そう言いつつ槙田先生も面白そうではあった。
「あれからどう? 大丈夫? 研修室でモメたじゃん」
「なんていうか、ショックでしたね。遠野くんにまでエゴとか言われて、やっぱわたし、そういう風に見られてるんだーって。改心したつもりだったんですけど」
「患者への対応は人それぞれだけど、だからって遠野くんのアレは駄目だけどね。そこはもう一度注意しとくべきかな」
遠野くんに言われたことはショックだったけど、何より変わっていない自分のほうがショックだった。
患者の病気を特定して治療するためには症状を聞き出さなければいけない。聞き出すには話しやすい雰囲気を作らないといけない。それはいつも心掛けていることだが、それが純粋に患者のためだったかと聞かれたら、たぶん違う。
「遠野くんの言う通りなんですよ。診察にいれたのも、諏訪さんの手術にいれたのも、一緒に治療するというより、見せつけたかったのかも。尊敬されたくて。それを見抜かれてたのが恥ずかしくて」
大通りから更に暗い路地に進み、住宅街へ入った。いつも歩道橋を下りたら解散するところを、そのまま自宅までの道を槙田先生が迷いなく進んでいるのが不思議で、そういえば槙田先生は一度ウチに来たことがあるんだったと思い出した。
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