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「……自分の利益のために患者を選んだり、下手な治療するようなら問題だけどさ、前にも言ったけど橘先生は『いい先生だと思ってもらいたい』っていう自分本位な考えがあるとはいえ、だからこそ粗末な治療はしないじゃん。そこはむしろ見せつけてやってもいいんじゃない?」 「でも槙田先生だって侮辱してるって……」 「あの時は鈴木さんのことがあったからね。でもちゃんとオペしてくれたでしょ。一緒に仕事してたら分かるよ、きみがちゃんと治療してるかどうかくらい」  さっきまで重かった気分が、槙田先生の言葉で軽くなる。槙田先生は大袈裟に慰めたり励ましたりしないけど、わたしの欲しい言葉をくれる。「そのままでいい」と言ってくれているような気がして、少し泣きそうになった。が、 「もし橘先生と遠野くんが付き合いでもしたら茶々入れてやろうと思ってたけど、それはなくなっちゃったか」  突拍子もないことを言って雰囲気を壊すところが槙田先生である。 「前も言いましたけど、弟より年下の男は守備範囲外なんで」  むしろ遠野くんみたいな失礼な男は願い下げだ。 「分かんないじゃん。ある日突然、考えてもなかった人に落ちるのが恋でしょ」 「ロマンチックに言わないで下さい……槙田先生には似合いません」 「きみも大概、失礼だな」  とはいえ、どこか現実味があるのは槙田先生の経験なのか。こんな何を考えているか分からなくて、他人に興味がなさそうな人が、いつ、どのタイミングで、どんな風に、どんな人に恋に落ちるのかは興味がある。女心には鈍そうなイメージだが、槙田先生はけっこう洞察力があるし、困ってたら助けてくれるし、今だって自分の用を後回しにして送ってくれている。意外と優しい。ただの職場の人でしかないわたしにすらこうなのだから、恋人にはもっと気に掛けてあげるのかもしれない。これまで恋人や元奥さんとはどういう付き合い方をしてきたのだろう。元奥さんは自分の肩書きと結婚したと言っていたけど、少なくとも槙田先生は元奥さんを愛していたはず。どんな風に人を好きになるのか、知りたい気持ちはある。
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