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 ―――  一晩過ぎたら妙な高揚感と戸惑いはすっかり消え失せていて、寝ぼけた目も頭も冴えてくると今度は腹が立ってきた。今日、病院で槙田先生に会ったらひと言言ってやりたい。深夜テンションでおかしなことをするなと。よりによって槙田先生ごときにドキドキさせられたわたしもわたしだが。  出勤したら真っ先に――することは、午前中に入っている手術の予習と、患者の回診。槙田先生から頼まれた胃がん患者だ。胃の三分の二を切除して腸の再建をする大きな手術なのでまずはそれをやっつけなればならない。文句を言うのはそれからだ。ちなみに手術には遠野くんも入る予定。槙田先生といい遠野くんといい、うちの病院の消化器外科は本当に一癖も二癖もある奴ばかりだとしみじみ思う。  腹ごしらえ用のおにぎりを買うため売店に向かっていた時だった。ラウンジのカフェテーブルで電話をしている遠野くんを見た。院内用のPHSではなくプライベート用のスマートフォンでくだけた口調で喋っているので、友人か家族かと話しているのだろう。素通りしようとしたら、大きな声で「クソつまんねーよ」と聞こえて足を止めた。大きな態度で足を組み、缶コーヒーを片手にどうやら仕事の話をしているようだった。  盗み聞きは良くない。良くないけど、万が一機密事項に関わることを喋ったら止めなきゃいけない。わたしは柱の陰に隠れてちょっとした罪悪感を持って耳を大きくした。 「ホント外れだよ、この病院。まともな奴いねーんだって。医長はせんべいばっか食ってるし、指導医は陰気で何喋ってんのか分かんねーし。そもそも手術に入らない奴もいるんだぜ」  誰が聞いても川上先生、山本先生、槙田先生のことだとすぐ分かる。ここだけなら申し訳ないけど、わたしも同感だ。
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