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「……知らねーよ。教授に勧められたんだよ。消化器外科でいい医者がいるからっつって。見渡してもいねーんだけど」  ヒャハハと笑う小癪な顔。確かにうちの消化器外科は碌な奴がいないと、たった今わたしも思っていた。だけど医師になりたてホヤホヤのヒヨッコに言われる筋合いはない。財布を持つ手に力が入る。「もう一人専門医いるんだけどさ」という言葉に、わたしのことだとドキリとした。 「一番マシかなって思ったけど、ないわ。診察長ぇし患者に肩入れしすぎだし、手術も遅いんだよ。もっと手際よくやれよっていう。アラフォーの女医。……そう、独身。いっつも澄ました顔して高飛車な感じ。あれで若けりゃ可愛げもあったかもしんないけどさー」  怒りを通り越して注意する気にもなれない。もしテロップがあったら語尾に「www」とか付くんだろう。  ――無用心だな。こんな誰が聞いてるか分からない病院のラウンジで、他の科の先生や看護師や、下手すれば患者も近くにいるかもしれないのに、声のボリュームを考えないで赤裸々に喋って。相手は大学の同級生かな。研修どう? みたいな感じで。こうやって病院や医師(わたしたち)のあらぬ噂が立てられるのだろう。頑張っても裏目に出るばかり。  馬鹿馬鹿しくなって柱にもたれていたら、どこからともなく槙田先生が現れた。槙田先生は背後から足早に遠野くんに近付き、持っていた資料をクルクル丸めたかと思えば、スパァン! と小気味いい音を立てて遠野くんの椅子を叩いた。まったく気付いていなかった遠野くんは、目を大きくして慌てて立ち上がる。スマートフォンをスクラブのポケットに突っ込むと、肩をすくめて槙田先生に体を向けた。 「お前、医者やめろ」  開口一番、手厳しい言葉だ。
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