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 手術室に患者が入る十五分前。予習も完璧、イメージトレーニングも完璧。完全に気持ちを切り替えてパソコンを閉じた。遠野くんは病棟の回診が長引いたのか、まだ準備ができていないようだ。時計を気にしながら必死でキーボードを叩いている。  遠野くんの電話の内容は、簡単に笑って済ませられるものじゃなかった。槙田先生が代わりに叱責してくれなかったら、わたしは今もイライラした気持ちを切り替えられずに、あるいは何も言わずに手術から外したかもしれない。でも槙田先生がわたしを含め先生たちのプライドを守ってくれたから、わたしはわたしのやり方で遠野くんに思い知らせるべきだと背中を押された気がした。 「遠野先生」  わたしの呼びかけに遠野くんが顔を上げる。 「手術室に入りなさい」  イキがった勘違い野郎には技術で叩きのめすのが手っ取り早い。槙田先生の、去り際の微笑はそういうことだ。わたしの腕を買ってくれている槙田先生に恥はかかせられない。わたしのプライドが許さないから。  ――― 「橘先生……素晴らしかったです……」  トラブルもなく予定通りに手術が終わり、達成感に息を吐きながらゴム手袋を捨てたところに、遠野くんがしおしおとやってきた。  遠野くんはわたしと相性が悪いと知ってから、わたしと手術に入った時はひねくれた態度で突っ立っていることが多かったが、今日は槙田先生効果もあって真剣な眼差しで最初から最後までモニターを凝視していた。出血量や血圧、器具の扱い方も確認しながら、真面目に参加してくれたのだった。そしてわたしの手術を見て感じるものがあったのか、手術室から出た瞬間から態度が一八〇度変わった。
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