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「橘先生!」  遠野くんが子犬のような顔で走り寄ってくる。心を入れ替えた遠野くんは、この病院に来たばかりの頃のような謙虚さを取り戻して真面目に仕事をしているようだ。わたしにも懐いてくれるようになり、ことあるごとに「橘先生」と寄ってくる。ついこの間までなめきっていたのに調子がいいことだ。 「さっき外来で来た三十代の男性なんですけど、腹圧がかかると足の付け根に痛みを感じるとのことで、触診したら鼠経ヘルニアの疑いがありました。CT撮ったほうがいいですか?」 「視診と触診でほぼ間違いないならCTじゃなくて超音波して」 「分かりました」 「オペは遠野くんがやってね」  遠野くんはパア、と表情を明るくすると、大きな声で返事をして賑やかに去った。あるはずのないしっぽが見える。なんだかんだ、慕われるとやっぱり嬉しい。そして彼は可愛い。  入れ替わりで今度は背後から槙田先生に声を掛けられた。 「すっかり懐かれちゃってんじゃん」 「調子いいですよね」 「とか言って本当は嬉しいくせに。どうする、好かれたら」  ――結婚してくれないかって言ったら、どうする? ――  今朝の変な夢のせいで槙田先生と目を合わせることができない。わたしは目線を下に彷徨わせながら口ごもった。槙田先生が顔を覗き込んでくる。 「ちょっ、なんですかっ、やめて下さい!」 「元気ない?」 「そうですね、最近色々あったので疲れてます」  おもにアンタのせいだけど。 「今日は午後からオペあったっけ?」 「ない、です」 「じゃあ、今夜こそ焼肉行こうか。橘先生に話したいことがあるんだよ」  
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