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「槙田先生、ありがとうございました」  タン塩が口からはみ出たまま、槙田先生はキョトンとした。 「……手紙を書いたのは、俺じゃなくて諏訪さんだよ」 「そうだけど、槙田先生が受け取ってくれたから。たぶん、諏訪さんも槙田先生だから手紙を託せたんだと思います。ずっと諏訪さんのこと気掛かりで、最後まで診てあげられなかったの後悔してたんですけど、これ読んでやっと間違ってなかったと思えました。初心も思い出せたし。槙田先生なら安心して任せられます。だから、ありがとうございます」  網の上に載っているハラミとタン塩とカルビを一枚ずつ取って、代わりにヒレを載せる。心の重りがなくなったら急に食欲が湧いた。気兼ねもなく肉を頬張っていたら、思いがけず柔らかく笑っている槙田先生と目が合った。喉に肉が詰まりそうになる。 「橘先生がちゃんと笑ったとこ初めて見た」 「いつも笑ってますよ」 「うん、愛想笑いはね。作った笑顔じゃなくて、素で笑った顔ってことだよ。いいね、可愛いじゃない」  真に受けるな。社交辞令に決まってる。なのになぜ、わたしは赤くなるのか。槙田先生が聞き逃しそうなほど淀みなく言うから、患者や取引先の医療メーカーの人からのお世辞以外で「可愛い」と言われることが減って免疫がなくなっているところに、不意を突いて言ってくるから、余計に気恥ずかしいのだ。悪態をつくタイミングを失って変な空気が流れてしまった。 「は、話ってこれだけですか?」 「もう一つあるんだけどさ。こないだ家まで送ってった時、橘先生、俺をお茶に誘ったでしょ?」  どうしてまたそんな話題を出すのか。
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