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「前も言ったけど、俺はもう再婚する気ないし彼女もいらないから、仮に好きとか言われても応えられないからさ」  再婚する気も彼女を作る気がないことも知っている。それをあえてもう一度言われたのは、牽制されているのだ。そういう風にしか聞こえなかった。「俺のことを好きになっても不毛だよ」と、さもわたしのためのような言い方だが、実際は「俺がきみを好きになることはないよ」と遠回しに言っただけ。  え、なにこれ。わたしは振られたわけ? 告白もしてなければ自覚すらしてないのに? さっき「けっこう好きでしょ」と言われて否定しましたよね。なに勝手に話進めてるんですか、自惚れんな。  頭の中では数々の罵詈雑言が巡っていたが、全部を口にするわけにいかず、ただ一言「アホか」と叫んでおしぼりを顔に投げつけてやった。 「そんなのいちいち言われなくても分かってますから! 槙田先生みたいに、何考えてんのか分からない煙草臭いオッサンなんか絶対好きになりません」  槙田先生もさすがにムッとしたのか、顔をしかめる。 「そこまで言わなくてもいいじゃん」 「槙田先生が自惚れておかしなこと言うからでしょう!」 「冗談に決まってるだろ。オバサンにオッサンって言われたくねぇからな」  今度は怒りで顔が赤くなり、わたしはコートと鞄を持って席を立った。一万円札を槙田先生の膝に放り投げる。 「彼女を作る気がないとはいえ、オバサンと食事しても楽しくないでしょうから帰ります。お疲れ様でした。さ・よ・う・な・ら」  槙田先生は振り向きもせず、わたしのことなんか無視して焼肉を再開する。一人で食べるほうが気が楽ってか。わたしはそのふてぶてしい背中を睨み付けて、店を出た。  オバサンと言われたことより、結婚も彼女もいらないと言われたことより、「好きになるな」と牽制されたことのほうが悔しかった。誰も好きだなんて一言も言ってないけどね。槙田先生はやっぱり本当に、嫌な男だ。
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