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 少なくとも嫌われてはいないとわたしも思っている。実際「嫌いじゃない」とは言っていたし。ただ、もし本当に槙田先生がわたしに好意があっても、本人が「彼女はいらない、好きになられても応えられない」と断言したのだから、どうしようもない。 『楓子、ちゃんと自分の気持ちくらいは伝えたら。あんた、昔からもう続かないって思ったらすぐ匙投げるんだから。松永くんの時もそうだよ。松永くんの寂しいって気持ちを知りながら、どうせ分かり合えないからって話し合うことすらしなかったでしょ。だから誰とも長続きしないのよ』  さすが二十年の付き合いがある友人は容赦ない。自分の短所から目を逸らし続けた結果を的確に指摘されて、凝り固まったツボをゴリゴリ押されているように耳と胸が痛い。やがて塾に行っている子どもを迎えに行く時間だからと、バタバタと通話は終わった。  ソファに寝転んで雨音を聞きながら、槙田陽太という男について考えてみる。  無遠慮な物言いが嫌いだった。しかもすべて的を得ていたから余計に気に食わなかった。あの時居酒屋で会わなかったら、と何度も思った。でもあの時会ったから、汚部屋を見られたから、わたしは槙田先生には素を出せるようになったのだ。それがなければ、今でもお互いに苦手なイメージを持ったまま、上辺だけのやり取りしかしていなかっただろう。一緒にうどんを食べたり、おでんを食べたりすることもなく、槙田先生の元奥さんの話とか、和樹のこととか、きっと何も知らないままだった。  あの眠たげな喋り方も気怠げな態度も嫌だった。でも飄々としたところは頼もしく思える。わたしはいつも飾ってきたから、一人になるとものすごく疲れていた。和樹にすら、気取った態度しか取れなかった。でも槙田先生といるのは疲れない。素のままでいられるから。居心地がいいのだ。  槙田先生とのことを一つ一つ思い出してみて、イラッとくることもあれば申し訳なく思って恥ずかしくなることもあり、でも本当は一緒にいるのは楽しいし、何よりどの場面を思い出しても確かなのは、胸のずっと奥の方がじんわり熱を持っているということ。 「……わたし、槙田先生のこと好きなのか」  口にしてみたらすんなり腑に落ちた。ベランダから聞こえる雨だれに耳を傾けているうちに睡魔に襲われた。夢を見始める直前、コペンハーゲンのカップは断捨離した時にリサイクルショップに売りに出したことを思い出した。
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