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 ***  せっかく久しぶりにゆっくり昼食を食べられると思ったのに(と言っても売店のパン)、遠野くんが横からずっと喋りかけてくるので落ち着いて食べられない。こんな時に限ってクリームメロンパンという食べにくいものを買ってしまった。ポロポロ崩れるパン生地とどうしても口の周りについてしまうクリームはどうやっても美しくない。でも外来までに少しでも食べておきたい。わたしは手で口を覆いながらちまちまと食べ進め、遠野くんのプレゼンを聞いていた。 「すみません、橘先生。お食事の邪魔して」  そう思うなら機会を改めろよ、とは思っても「いいのよ」と笑顔で許してしまう。クリームメロンパンの味が分からないので食べるのをやめた。 「そういえば、僕、昨日の夜に研修室に行ったんですけど、槙田先生がシミュレーター使ってたんですよ」  マウスをカチカチ動かしながら遠野くんが言う。 「槙田先生って手術してないですよね。何か理由があるんですか?」 「わたしも知らないのよ。たぶん、ここにいる人みんな知らないんじゃないかな」 「そうなんですか? もったいない……」  遠野くんの「もったいない」という言葉は、槙田先生が手術をしない理由を知らないことじゃなく、槙田先生が手術をしないことが「もったいない」のだと分かった。 「遠野くん、何か知ってるの?」 「僕も詳しくは知らないんですけど、このあいだ大学の教授とお話することがあって。僕、槙田先生と同じ大学みたいなんですよ。それで教授に槙田先生のことを少し聞いたんです。実は……」  遠野くんがわたしに体を傾けてくるので、わたしも興味津々で体を遠野くんに傾けた。耳元に遠野くんの顔が近付いた時、 「ちょっと失礼」  わたしと遠野くんの間にクリアファイルが割り込んできた。後ろには槙田先生が立っている。 「橘先生、今、いいですか」  真面目にそう言われて、おとなしく従った。遠野くんが何を言おうとしていたのかが気になる。わたしはチラチラと遠野くんに振り返りながら槙田先生と医局を出た。
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