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「スイーツってケーキバイキングのことだったのね」  いちごのケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキにシュークリーム。トレイにズラリと並んだ多種類のミニサイズのスイーツに、槙田先生はまだ食べてもないのにお腹いっぱい、といった遠い目をしていた。  土曜日、午前中の仕事を終えて一度家に戻り、急いで身支度を整えてマンションのロビーに下りたら、槙田先生が車で迎えに来てくれた。黒のアウディはほどよくいかつくてカッコいいのに、本人は通勤時と変わらないチノパンとファストファッションのニットトレーナーという抜け感。化粧も服も気合いを入れている自分が馬鹿らしくなるほどの手軽さだが、運転席に座っているだけで許せてしまうのだから、我ながらちょろい。  わたしが希望したのはホテルのケーキバイキング。一流パティシエが作るスイーツがお手頃価格で食べられるとSNSで見たことがあり、バイキングなんて一人じゃなかなか行けないのでこれ幸いと提案したのだった。  プレートに全種類盛り付けて、それを頬張るわたしを、槙田先生は苦笑して見ている。対して槙田先生のプレートにはゼリーとフルーツしか載っていない。 「……甘いの苦手でした?」 「得意ではないね」 「えっ、すみません。一人で楽しんじゃって。っていうか苦手なら言って下さいよ」  すんなり了承してくれたから槙田先生も甘いものは好きなのだと思っていた。行きたいと言う前に確認するべきだった。けれども槙田先生は、 「俺はいいからたくさん食べなよ。美味しそうに食べる人見るの好きだから、俺は楽しんでるよ」  不平も言わず、逆に安心させてくれる。  本当はそこまでスイーツが食べたいわけじゃなかった。仕事終わりに仕事の話をするためにどこかへ寄るのではなく、プライベートでも行きたいと言えば付き合ってくれるのか試したかったから咄嗟に「スイーツがいい」と言っただけだ。心のどこかで槙田先生ならなんだかんだ付き合ってくれるだろうと期待もしていた。そして実際、わたしの子どもみたいな浅ましい考えを知ってか知らずか聞き入れてくれた。甘いものは苦手なくせに。  槙田先生の優しさは遠回しで、いつもあとになってから気付く。わたしはその度に申し訳なくてどうしようもなく恥ずかしくなるのだった。
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