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 年甲斐もなく無理をして三ゲームやり切って、健全な汗に満足して外に出るともう日が落ちていた。午後六時を過ぎてもうっすら明るい空に、明日から三月に入ることを思い出した。 「夕食でも、と思ったけど、あれだけ汗かいたのにまだお腹いっぱいなんだよね」 「わたしもです。夕食はまた別の機会に」  そう言うと槙田先生は安心したように笑う。こういう反応を見るとわたしと一緒にいることは嫌じゃないのだと、少なからず期待をしてしまうのだった。  帰りの車の中では暫く仕事の話で盛り上がっていたが、渋滞に巻き込まれて車があまり進まなくなると次第に話すことがなくなった。「混んでるねぇ」と言う槙田先生に「そうですね」としか返せない。窓から見る休日の街中は浮かれていて、カラオケ店から出てくるグループや、飲食店に吸い込まれていく家族連れはみんな楽しそう。助手席でボーッとしているわたしに、槙田先生が訊ねた。 「……橘先生が着てる服ってさ。最近買った?」  わたしが今着ているのは、グレーのボックスタックワンピース。諏訪さんが選んでくれた、手紙と一緒に入っていた切り抜きに載っていたものだ。諏訪さんに手紙をもらったあと、オンラインで注文した。届いたのはつい二日前。試着してみたらサイズもピッタリで、落ち着いた色と膝下という丁度いい丈感が幼さと甘さを抑えてくれていた。自分で言うのもなんだが年相応にキレイめだったので、今日は「絶対にこれを着よう」と決めていたのだった。 「わりと最近買いました」 「諏訪さんが選んだ服?」  わたしと諏訪さんのやり取りを知らないはずの槙田先生が、なぜそれを言うのかと驚いた。 「実はね、それ、俺が選んだの」 「どういうことですか?」 「諏訪さんの往診には何度か行ったんだけど、その度に橘先生の話してたよ。橘先生が色んな話を聞いてくれるのが嬉しかったみたい。で、そうするうちに諏訪さんも俺に服とかアクセサリーとか好きだっていう話をね、してくれたんだよ」  信号は何度も青になるのに、少しずつしか車は進まず、槙田先生はハンドルに両腕を置いた。
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