10.「お前が好きだ」

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「好きだよ、あすか」 わざと再び耳元で囁かれた言葉。 ずっと聞きたかった決定的な翔さんの気持ち。 「ごめん。そんな泣くほど勘違いさせるくらいなら、もっと早く言うべきだった」 「私は、翔さんとちがって経験値ないんですから。言ってくれないと、わかりません」 「ん、悪かった」 拗ねたように口を開いた私に、笑いながらも謝罪の言葉を告げる翔さん。 抱き締めながら子供をあやすように髪を撫でられる。ドキドキするのに心地よくて、いつまでもこうしていたいと思う。 それでもちゃんと話してくれた翔さんに私も気持ちを伝えたくて、微睡みそうになる意識をなんとか起こして気持ちを整理しながら話し始めた。 「紅林さんが翔さんを親しげに呼ぶのを見て、あんなに綺麗で仕事が出来る完璧な人が翔さんの近くにずっといたんだって思ったら、苦しかった」 「うん」 「翔さんの気持ちが伝わってなかったわけじゃなくて、それがただの私の自惚れなんじゃないかって、自信が持てなかった。ずっと変に妬まれたりするのなんて慣れてて、それでも傷つかないわけじゃなかったけど、あの給湯室での一件以降、彼女たちの悪口が本当に気にならなくなったんです」 あの日を境に気にしないと言った私の真意がわからないと、少し首を傾げる翔さん。 「庇ってくれた紅林さんを見て、本当に敵わないって思ったんです。翔さんの隣にいるためには、この人みたいに素敵な人にならなきゃって」 「あすか」 「そしたら美山さんたちに何言われても気にならなくなりました。だって私、今あの人達より絶対仕事してますもん」 「あははっ! それはまず間違いないな」 優しく髪を梳くようにして撫でられていた頭を、突然くしゃくしゃに撫で回される。 サイドを編み込みにしてハーフアップにしていた髪の毛は、もうルーズという言葉を超えてぐちゃぐちゃに崩れてしまっていて、今さら乱されても怒るに怒れない。 「そんな人達の言葉にいちいち傷付いている暇がなくなったんです。仕事を頑張って、逃げていた人付き合いもちゃんとして、自分に自信をつけないと翔さんの隣にはいられないって」 「あすか」 「あの時、はっきり自覚しました。翔さんが、好きって」 翔さんが好き。 ようやく口に出して気持ちを告げると、今まで押し留めていたのが堰を切ったように溢れ出す。 「すき、すきです。翔さんが好き」 恥ずかしさに頭がクラクラするけど、そんなこと構わずに気持ちをぶつけたい。 もう遠慮はしなくていいんだ。勘違いだって、自惚れじゃないんだって、ちゃんとそう実感したくて目の前の翔さんに縋り付く。 「翔さん、すき。す……っんん」 何度目かの告白は突然重ねられた唇に阻まれ最後まで言い切ることが出来なかった。 「バカ。煽ってくんな」 「……翔さん」 「誰と比べなくていい。そのままのお前でいいから」 「でも私、全然可愛くなくて」 「それは社内だけじゃなく、日本中の女からブーイングがくるんじゃないか?」 「もう! 茶化さないでください!」 姿形のことを言ってるわけじゃない。わかってるくせに本当に意地悪だ。 「ははっ。いいんだよ、そのままで」 愛しげに頭を撫でてくれる大きな手が好き。 うっとりと目を閉じそうになりながら翔さんの甘い声に耳を傾ける。 「楽しく仕事をしてくれたらいい。やっかんでる周りの声は酷くなったら言って。だから、ずっと俺の隣にいろ」 「翔さん」 「最近のお前の変化で俺がどんだけ大変だったか。……気が気じゃねぇわ」 よくわからない不満を私にぶつけてくる翔さん。 なんだか頭がふわふわして、少しずつ考えるのが億劫になっていく。 ふと何も言わずに居酒屋を出てきてしまったことを思い出した。 「あ、ふたり大丈夫かな。松本さんもキヨ化してたし」 「何、キヨ化って。大体お前相田と……あすか?」 瞼がゆっくりと重たくなっていく。 泣きすぎたのかな。冷やさないと明日の朝ぶさいくになって大変かもしれない。もしそうなったら翔さんのせいだ。 うん、ぶさいくになったら翔さんに責任をとってもらえばいい。その顔で仕事に行ければやっかみも少しは減るかも。でも明日はお休みかぁ。 なんだか可笑しくなってクスクスと笑いが漏れる。 「お前しばらく禁酒だからな」 「翔さん」 「ん?」 「すき」 「ったく。誰が可愛くないんだよ」 わざとらしく大きなため息が聞こえた後、ふわっと身体が宙に浮き上がった感覚がした気がした。 ふわふわ、ふわふわ。いい気分。 翔さんの甘くて低い声。かすかに香る煙草のにおい。 「責任なんて、いくらでも取る。好きだよ、あすか。おやすみ」 私は幸せに包まれながら、ゆっくりと意識が沈んでいった。
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